三つめ。人は働くことこそが一番の幸せなのかもしれない。
仕事の話・Tの場合
「仕事をください」
不意にそんな声が室内に響いた。
そしてそれに返すような少年の声とおぼしきもの。
「ダメだよ。うちには人を雇うほどのお金もありませんし、設備もありません。泊まるところも」
「しかしボクには仕事が必要なんです」
室内に声を響かせた主は言う。
「だからだよ。こんな辺境のところでどうして仕事を探そうとするんだい? 君にはもっと…何か重要な事が必要じゃないのかい?」
少年の声とおぼしきものは、どうやら部屋の奥で聞こえるようだ。
そして声を響かせた主は答える。
「ボクはいろんな事に手を染めてきました。染め物や料理、機械もいじりました。しかし、自分にあった仕事がありませんでした。だからボクはまた仕事を探しています。ですからお願いです。ボクに仕事をください」
「ダメだよ。うちには人を雇う程のお金もありませんし、設備もありません。泊まるところも」
そして、室内に声を響かせた主は諦めたと言わんばかりにそこを後にした。
室内はまた、静寂に包まれた。
ただ一つ、食器を洗っていると思う水が流れる音以外は。
仕事の話・Aの場合
「おい、小娘! 俺に仕事をよこせ!」
「なんで〜?」
「決まってるだろ! 金がいるからだ!」
大柄の男は、目の前で退屈そうに座っている女の子に話しかけていた―――いや、それを話しかけている、と言ったら恐らく違うだろう。むしろ端から見たら脅しているととれるかも知れない。
「なんでお金がいるんですかぁ?」
「決まってんだろ!? 逃げるためだよ!! 俺は以前自分の国で人を殺した。そして国のやつらはいつまでたっても追って来やがる。それから逃げるためには金が必要なんだよ! とにかく俺を働かせろ!」
「だったらお金を奪って逃げればいいじゃないですか」
「それはやらねえんだよ! 俺にも守るべきプライドがあるからな」
女の子は黙っていた。あきれている、というような顔でもあるし、なんと言ったらわからない、という顔でもあった。
「とにかく! 仕事だ! 俺に仕事をよこせ!」
「…わかりました。仕事をあげます」
「おお! 俺に仕事をくれるのか!? ありがてぇ! んで、どんな仕事なんだ?」
女の子はにこやかに言いました。
「ここから出て行くことがあなたの仕事です」
「ねぇ…テレス君」
「なんだい? アリス」
二人は外でのんびりと紅茶を飲んでいた。風を受け、波打つ草原を眺めながら。
「この前やってきた二人は、おんなじ国からやってきたのかなぁ…」
「どうしてそう思うんだい?」
「だって…この間やってきていた二人と、おんなじような感じのことを言ってたんだもん…」
そう。
二人はこの前、やってきた二人の旅人をのことを話していた。
彼は変わった風体だった。長いロングコートに、黒いズボン。荷物は手に持っているかばん一つ…という、おおよそ旅人とは思えないような服装だった。
「…さぁ。わからない。ただその旅人は話していたよね。最近どこかの国が財政困難に陥って、崩壊したって。ひょっとしたらやってきた旅人はその国の出身だったのかもしれない」
「だったら…雇ったほうがよかったのかな…?」
アリスがどこか、物悲しそうな表情をしながら遠くを見た。自分たちが追い返した旅人たちのことを思っているのかもしれない。
テレスは言った。
「アリスは僕以外にここで暮らす人が増えてもいいのかい?」
アリスはそれを聞いたとたん、俯いて、
「…いや…」
とつぶやいた。
「僕もだ。ここにいるのは僕ら二人だけで十分だ」
そして、柔らかな風が一陣、二人の頬をそっと撫でた。
そしてテレスは紅茶に口をつけ、ソーサーに置いて一言つぶやいた。
「人は、働くことが一番の幸福なのかもしれないな…」




