後輩ちゃんの恋愛講座 映画編
『後輩ちゃんの恋愛講座』続編です。
『煌めいたのは涙か雪か』
『後輩ちゃんの恋愛講座 見た目編』
『後輩ちゃんの恋愛講座 待ち合わせ編』
『後輩ちゃんの恋愛講座 カラオケ編』
『後輩ちゃんの恋愛講座 邂逅編』
からの続きになります。
先輩の事を思って身を引いた後輩の運命やいかに。
私がお膳立てした映画デートの後、先輩と彼女は急接近した。
それを後押しするように、私は積極的に二人の仲を取り持った。
彼女と仲良くなって、好みをそれとなく聞き出し、先輩に伝える。
先輩の言葉や態度も、彼女好みになるよう指導した。
彼女よりも側にいて、誰よりも近くにいて。
そして望む場所から一番遠くに自分を追いやった。
でも側にいられた。
だから胸の痛みにも耐えられた。
気の合う後輩止まりでも。
女の子として見てもらえてなくても。
先輩の笑顔を、真剣な顔を。
優しい顔を、困った顔を。
一番側で見られたから。
そんな苦しく幸せな時間は終わりを告げる。
先輩と彼女が、卒業を待たず婚約するというのだ。
サークルの皆でお祝いするという。
私の勧めで、彼女もサークルのメンバーになっていたのだから、自然な流れだろう。
お祝いの席で、先輩が私のところにやってきた。
「ありがとう! 全部お前のおかげだ!」
「いえ、そんな……。先輩が頑張ったからですよ」
あんなに見るのが好きだった先輩の嬉しそうな顔。
それが今は見るのが辛い。
ちゃんと笑えているか不安になる。
「お前が困っていることとかあったら力貸すからな。何でも言えよ!」
「先輩のこと、好きです」
あ。
やだ。
何で、どうして。
手放すつもりのなかった言葉。
私だけの内緒の恋。
誰も幸せにできない想い。
先輩が、何でも言えよ、なんて、言うから……。
「え、それ、どういう……?」
半笑いの先輩。
今ならまだ冗談にできる。
人としてですよ、何勘違いしてるんですか。
あーあ、鼻の下伸ばして。彼女さんに言いつけちゃおう。
言葉は思いつくのに喉が動かない。
早く言わないと。取り返しがつかなくなる前に。
「え、お前、泣いて……?」
言葉の代わりにあふれた涙。
戸惑う先輩の顔。
もう駄目だ。誤魔化せない。
「え、いや、あの、俺は……」
先輩の口から出る言葉が、怖くて。
聞きたくなくて。
私は会場を飛び出した。
溜めた想いの分だけ涙があふれる。
鼓動が速くて、心臓が痛くて、それでも足は止まらなかった。
気が付けば私は部室の前にいた。
先輩と初めて会った場所。
一緒に頑張った思い出。
失敗をフォローしてもらった思い出。
先輩を慰めた思い出。
突然吹き荒れた沢山の思い出の嵐に、膝の力が抜ける。
「先輩、せんぱい、せんぱぁいぃ……!」
泣きながら先輩を呼ぶ。
どんなに叫んだって先輩に届かないことはわかっているのに、止まらない。
「すごい声。盛りのついた猫かと思った」
「!?」
誰もいないはずの場所に、私が一番会いたくない人の声がした……。
「……何か微妙な映画だったな」」
「そうですか?」
映画館から出て、げんなりしながら歩く俺と対照的に、後輩の顔は満足そうだ。
「想いが告げられなくて、それでも頑張る女の子、いいじゃないですか」
「いや、まぁそこまではいいよ? 映画デートを計画してあげたり、二人の架け橋役を務めたり、健気だなーとは思ったよ」
「うんうん。わかります」
「でも泣いて会場を飛び出した後、追いかけてきた口の悪い先輩に慰められて、そっちをころっと好きになるってのはどうなんだ?」
「二股ならともかく、片思いにケリをつけてからなんですから問題はないと思いますよ。それとも死んだ恋心を悼んで喪に服せと? どれくらい待ったら次の恋が許されるんですか?」
「いや、悪い。問題なかったわ」
何かこの話題、当たり強いな。別の視点にしよう。
「しかし泣き顔で顔がぐしゃぐしゃなのを逆用して、わざとボタンを掛け違えて会場に戻り、慰めた先輩と何かあった風を装うとか……」
「幸せのために手段を選ばない姿勢、たくましいじゃないですか」
「ピュアなラブストーリーどこいった」
まぁいいか。映画の内容そのものより、こいつが楽しめたことの方が大事だ。
麗と会った後、明らかにおかしかったからな。
「そういや手は大丈夫か?」
「あ、いえ、その、あの後すぐ先輩に買ってもらった缶のお茶で冷やしたので、もう平気です」
「うずくまってたから心配したぞ」
「いやー、その節はお世話になりました」
泣いてたから相当痛かったんだろうな。
骨とかに異常はなかったようでよかった。
「でも、よかったんですか? 彼女さんほったらかしにしちゃって」
「……あんなの彼女でも何でもねぇよ」
「いいんですか? そうすると交際人数ゼロに逆戻りですよ?」
「余計なお世話だ!」
麗が嫉妬してる、とこいつに言われたおかげか、今まで思い悩んでいたことが馬鹿みたいに思えた。
ちょっと見た目を変えただけで、態度を変える程度の奴に振り回されてやる必要なんてない。
「俺の男としてのレベルはまだまだ雑魚クラスだろ。そんなのを好きになる女なんて、たかが知れてる」
「……喧嘩売ってます?」
何で怒った!? そうか! 教えてる側からしたら、これまでの成果の否定だよな!
「いや、ここまでの変化っていうか成長は大きかったと思ってるぜ? でもまだまだだから、もうちょっと女の子との関わり方を教えてもらいたいな、と……」
「もう、ちょっと……」
固まらないで! やらかしたかと不安になる!
「……もう、仕方ないですね。乗りかかった船です。もうちょっとだけ付き合ってあげますよ」
「ありがとな。助かる」
よかった。何だかんだいって勉強になるし、こいつといる時間は結構楽しい。
「じゃあこの後のプランについてお聞きしましょうか」
「そこらへんのファストフードで映画の感想を」
「減点です」
「厳しい!」
まだ行ってもいないうちから減点かよ!
「余程見どころが多いか、考察ガチ勢でもなければ、一緒に観た映画の話題なんてすぐ尽きちゃいます。特色のあるカフェなんかで、映画の話題からお店の特製スイーツなんかに話を切り替えていくんですよ」
「成程……」
確かに感想だけならすぐ終わる。
共通の話題を作っていくってことか。
「というわけで、こんなこともあろうかと私が調べておいた『雲みたいにふわふわ! マシュマロパンケーキ!』を食べに行きましょう」
「へぇ、うまそうだな」
「ただし! 注文してから十五分くらいかかるそうなので、間を持たせられるか、先輩のトークの腕が試されますね」
「お、おう」
関わり方を教えて、と頼んだとはいえこのスパルタ……。
俺が恋人と楽しくデートできる日は、まだまだ遠そうだ……。
本当、先輩はお人好しですね。
一度は恋した女の人より、泣いてただけの後輩を優先するなんて。
この先損ばかりしそうでヤキモキします。
だからもうちょっとだけ、面倒見てあげますよ。
そして教えたいことを全部教えたら……。
先生役じゃなくなったら……。
「真剣な顔してどうした?」
「先輩が振りそうな話題をシミュレートしてたらイラッとしただけです」
「話す前から減点想定するのやめてくれない!?」
危ない危ない。
私は手近な甘い未来に意識を移し、にっこりと微笑んだ。
読了ありがとうございます。
というわけで、前半の悲恋っぽい流れは映画のストーリーでした。私が学生時代に、とある歌に刺激を受けて作った小説をリサイクルしました。祝映画化(違)。
ごめんね。許してなんて言えないよね 。ひどすぎるよね。
実際の先輩はすぐに追いついて、手の痛みで泣いていると思った後輩に冷えた飲み物を持たせ、医務室まで連れて行って介抱してました。
麗は放置です。ぽかーんです。ざまぁです。
さて、ここで先輩のトラウマも払拭され、一区切りついたわけですが、『告白練習編』という破壊力のありそうなネタが降りてきていますので、完成し次第投稿したいと思います。
今後とも鈍い先輩と健気な後輩をよろしくお願いいたします。