表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/31

09 入学式~覚醒~

今日からボチボチ投稿になります。ストックとして常に2万字以上は確保しておきたいので、書いた分だけ押し出される形でアップです。

休み時間や通勤通学の暇潰しにご利用ください。

 割り当てられた男子寮の105号室は広さこそないものの、上品な雰囲気のある個室だった。他の部屋を見て回ったわけではないので断言できないが、他の部屋も似たような感じなのだと思う。流石は貴族専用の学び舎といったところだ。

 これから三年間もお世話になる部屋で、早速とばかりに荷下ろしをしていく。

 大き目の肩掛け鞄一つに詰められているのは、寝間着が二着、普段着が三着、あとは諸々の日用品となっていた。

 三着の普段着は、学生服としての役割も担っている。全て同じデザインの服で統一しているのは、校則でそうなっていたからだ。おそらく、あまり裕福ではない家を考えてのことなのだろう。

 また、これについて内なる神は『日によってビジュアル変えるとか、イラストレーターが過労死するから』という、天上の事情を付け加えてくださった。やはり、この学園には神々の御意思が随所に散りばめられているようだ。

 部屋の机には、入学式における一通りの流れを記した紙が置かれていた。

 片手間にそれを読みつつ、荷物整理を進めていく。それらが終わると、あとは大した出来事も起きずに入寮日が過ぎていった。



§



 そして翌日、今日が王立ハザード学園の入学式となる。

 講堂に集められた新入生の数は、五十人を少し上回る程度だ。これが三つのクラスに分けられるらしいので、一クラス十七、八人になるのだろう。

 一年次のクラス分けは完全なランダムのようで、一、二、三組というクラス名。二年次以降は成績を加味して、特、一、二級というクラス名で分けるそうだ。上中下といった分かり易い表現を使わないのが如何にもそれらしく思えて、少し笑ってしまった。

 学年主任という老年の男性がそういった学園の仕組みを話し終えると同時に、新入生全員で頭を下げる。

 例年は拍手をするらしいのだが、今年は絶対にやってはいけない。理由は簡単で、これから壇上に登る方と同じ対応は不味いからだ。


「――では、学園での素晴らしき日々を。続いて、新入生代表からの答辞となります。静粛に」


 学年主任は横へ一歩ずれ、次に壇上に立つ人物へ深々と頭を下げる。

 今年の新入生は、学園の裏事情を早めに知れるという意味でラッキーかもしれない。先ほど「友として平等に」と言ったばかりの学年主任が、ああも分かり易いヒントを出さざるをえないのだから。

 その人物は、輝いていた。

 まるで彼の周辺だけが世界から切り取られたように、色鮮やかに見える。方々で女子生徒の息を呑む音が鳴るのも納得だ。

 彼は学年主任と後退する形で壇上に登ると、真っ直ぐな赤い瞳で俺達を見据えた。


「新入生代表、アルバート・モラル・ハザードだ。この良き日に皆の言葉を紡ぐ栄誉、嬉しく思う。我々新入生は、この学園にて――」


 上質な鋼を思わせる白銀の髪と、ルビーの如く輝く瞳。顔の彫りは深く、しかし一切のくどさを感じさせない。堂に入ったその声も、聴く者の意識を強く引き付ける。

 俺も髪型を変えてそこそこ人目を引けるようになったが、あれはもう別次元と言えるだろう。絶望的なまでに手が届かない。

 『モラル』とは、正当な王位継承権を持つ者に与えられるミドルネームだ。そして、彼がその名を持つのは当然に思えた。

 まるで物語や絵画から抜け出してきたような、壇上の人物。そう、彼こそが――この国の王太子、アルバート・モラル・ハザード殿下だった。


「――っ!?」


 殿下の声に意識が呑まれようとしていた時、内なる神の全てを掻き消す声が頭に響いた。


『クソイケメン野郎が! なんで本来『寝取り・寝取られゲー』好きの俺がお前なんぞを何度も攻略したか分かってんのか!?』

『全部が全部、俺の好きなエロ漫画家が乙女ゲーの仕事なんか受けたせいだ! しかもクソ可愛い女キャラを描いたからだ!』

『お前はそんなキャラに手を出すこともなく、俺に精神的な寝取られ感を与えてくれるでもなく、どのルートでも婚約破棄で捨てやがったよなぁ!?』

『絶対に許さねーかんな! あんな可愛い公爵令嬢、普通は手ぇ出すだろ! 婚約者だったら手ぇ出せよ! じゃなきゃ百合ルートくらい用意しとけ!』

『許さん、絶対に思い知らせてやるぞ! 寝取りの美学ってもんをお前に教えてやる!』


 激しい感情の波でふらつく俺に、内なる神は告げる。


『やるぞニコライ、お前ならイケる。お前がヤツからレイチェルを寝取れば、俺は寝取り感と寝取られ感の贅沢セットを味わえるんだ』


 いつになく、内なる神は饒舌に仰られた。もはや姿の見えない誰かと会話をしているような感覚だ。周囲の人間に聞こえていないのが不思議に思えてくる。

 普段はポツリとお告げを残すだけなのに、今日は全く違う。いや、今日という日――アルバート殿下との邂逅こそ、内なる神が活性化する鍵だったのかもしれない。


「そ、それはどういう……?」

『左前方、最前列の金髪だ。あれこそが俺の大好物なエロ漫画家が生み出した最高傑作、レイチェル・ティアビスだ』


 神託の通りに視線を動かし――――俺は、世界が止まる音を聞いた。

 あれほどに呑まれそうになっていた殿下の声が、全く耳に入ってこない。周囲の者が殿下に集中しているのが、遠くの景色に感じられる。

 そこには、可憐な華が咲いていた。他の学生達という花々の中、明らかに彼女だけが違っていた。

 どこまでも繊細で、柔らかな金糸の髪。それは穏やかなウエーブを描き、腰の辺りまで流れていた。

 淡いアメジスト色の瞳は、一切の曇りなく前を向いている。もしもあの瞳に自分を映せたら、どれだけ幸せなのだろうか。

 白磁の肌も、それを包む水色のドレスも、何もかもが清らかに感じられる。

 俺にとっての完璧な美が、そこには在った。


「あ……ぁ……」

『お前は俺の記憶の一部から知っているはずだ。最初の日に、お前の心を奪ったあの子を』


 言われ、内なる神が降臨した日を思い出す。

 そうだ、あの時からだ。俺の心はあの時、確かに彼女に奪われた。六歳だった俺の心は、彼女の後姿だけで満たされていた。

 心臓が早鐘を打つ。喉が腫れあがり、呼吸がしにくい。乾いていく目を閉じるのさえ厭わしい。

 あの少女が、近くに居る。夢ではなく、現実の中であの子に出会えた。

 今だから分かる。

 俺は、ずっとあの子に恋をしていた。

 今日という日に、本当の恋というものを知ってしまったのだ。


『よし、ターゲットの確認は済んだな? あの子を婚約者のアルバートから寝取るぞ』

「……は?」

『あ。そうだった、お前も十五歳になったんだった。ほれ、R15ならこの辺の記憶まで見ていいぞ』

「は、はい……ありがたく……」


 そして、俺は知ったのである。

 アルバート殿下とレイチェル・ティアビス公爵令嬢は、婚約者の仲。しかも、レイチェル様がアルバート殿下に想いを寄せる形だということを。

 『寝取り男』とは、つまり間男。夫婦や恋仲、あるいはどちらかが想いを寄せるような関係に横槍を入れ、相手を奪う卑劣漢である。

 しかも、神の技は気安く使ってはいけない類の……俺、女中とかに使いまくっていたんですけど。


「アンタ悪魔か何かなんですかぁぁああああああ!?」

『いや、プレイヤーはゲームキャラにとっては神と一緒だ。つまり、俺がお前にとっての神なのは間違いない』

「こんな神様イヤなんですけどぉおおお!?」

『もう手遅れだ。お前はレイチェルと出会い、運命の恋を知った』

「これ本当に運命なんですかぁああ!?」

『俺がお前の体に入った以上、もう運命だろ。それに、今まで散々やらかしてきて今更じゃないか?』

「う、うわぁぁああああああああ!!」


 蘇るのは、神の技で頬を染める女中達と母さんの顔。俺はなんという事をしてきたんだ……。


「き、君……体調が悪いのか? 今はアルバート殿下の答辞中だ。保健室に連れて行くから、静かにするよう――」

「俺はなんて罪深い事をぉおおおおお!!」

「だ、誰か手伝ってくれ! 酷い錯乱状態……重症っぽいぞ!」


 そうして、俺は入学式の途中で保健室へと搬送された。ある意味、とんでもなく思い出に残る入学式となったのである。

 後の話によると、王太子殿下の答辞を邪魔した大馬鹿者がいた、という学園の伝説が生まれた瞬間でもあったらしい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ