08 ハザード学園2
前話の続きです。
「ニコライ様は伯爵家の次期当主なのですから、そのような言葉遣いをする必要はないのですよ? それに、学園の表向きなルールもありますから」
「なったばかりの伯爵家で、家督も譲られていない若造ですよ。子爵家現当主で年上、しかも学園の先輩となる貴方とでは、俺の方を下に見る人間も多いと思います」
「なるほどなるほど、確かにそのような考え方もありますね」
とはいえ、世間的には俺の方がジャック殿よりも若干上の立場になる。敬語を少し崩しているのは、それが理由だった。
ジャック殿もその辺を理解した上で、あえて親しみやすい話し方に変えてくれたのだろう。
「つい先日、家督を継がれたと聞きました。しかし、それだとこの場所に居るのはおかしくないですか? 家督を継がれた日が本当は違うとしても、子爵家なら噂になると思うのですが」
「二月前になります。期間が短いのもそうですが、この日を楽しみに少し伏せていたんですよ。卒業生には同窓会を兼ねたお祭りみたいなものですから」
「……自由過ぎる」
「はっはっは、地方の貴族家などそんなものですよ」
言いながら、ジャック殿は学園内部を色々と案内してくれた。
中央の建物が学舎、左が男子寮、右が女子寮らしい。ちなみに、男子学生が門限を過ぎた上でアポイントも無しに女子寮へ侵入した場合、退学処分となるそうだ。
「あの部屋が教員室になります。意外とお世話になる場所ですから、覚えておいた方がいいですよ」
「あの、時間は大丈夫なんですか? たった一人の学生にここまで時間を使ってもらうのも……」
「はは、ビエフ家といえば、乗りに乗っている家じゃないですか。何かご利益があるかと思いまして」
「ご、ご利益なんてものは……」
内なる神に聞けば何か用意できるかもしれないが、あまりに手段としてストレートすぎる。
そして、彼の言う「乗りに乗っている家」というのが少し気になった。オーマン家は好意的に捉えてくれているようだが、他の家ではどういった形で認識されているか分かったものではない。
そんな心配を他所に、ジャック殿は学舎の案内を終え、再び中庭へと俺を連れ出す。
「いやー、お恥ずかしながら私は失敗したクチですから」
「失敗、ですか? ああ、爺の言っていた『これ私の力じゃ開けられない――」
「いやいや、そういうのでもマシな方ですよ。先ほど話しました通り、学園は身分を表向きには平等に扱うんです。これが何に繋がるか分かりますか?」
「う、うーん? 色々とデメリットもありそうですが……」
「最大のメリットは、新たなコネ、ですよ。つまり、時として身分を超えた友人が生まれるんです。今年は王太子殿下もご入学されますから、関係を築ける絶好の機会かもしれませんよ?」
「なるほど、それは確かに――」
「良い機会ですね」と続けようとした瞬間、内なる神が呟かれた。
『ヤツは王太子の座を捨てるぞ。王位継承を捨てて、主人公と添い遂げる道を選ぶ。なぁにが「君さえ居れば他には何も要らない」だ、キザ野郎が』
あまりにあんまりなその内容に、俺は頭が真っ白になった。
本気で意味が分からない。本当に王太子殿下が王にならない道を選ぶとしたら、次の王位継承権は第一王女のエクセラ様になってしまう。しかし、そうなると今度はこの国初の女王をなる訳で、即位の前後で大きな混乱が起こるのは目に見えていた。
唖然とする俺に気付いていないのか、ジャック殿が溜息混じりに話を続けている。
「まあ、私もそっちは上手くやれたんですが、問題はもう一つの方ですよ。そう、将来の伴侶との出会いです。はぁ、学園なら家の縁談よりも素晴らしい相手に出会えると思っていたのですがね……。おかげで今でも独身ですよ。とほほ……」
「あ、ああ、はい……」
「ですから、ニコライ様も意識した方がいいですよ。まあ、学園の裏事情にも少し気付いているようですから、無用な心配かもしれませんが。……ああ、この建物が先ほど説明した男子寮になります。ニコライ様の部屋は105号室になっていますが、案内しましょうか?」
「い、いえ……」
「そうですか? では、良き学園生活を。ああそうだ、私達のような者がたまに見に来ているというのは、もちろん内緒ですよ?」
「は、はい。ありがとうござい、ました……」
少し頭痛がする。なんという運命を内なる神は隠していたのだろうか。こんな未来、知りたくもなかった。
いや、思えば内なる神は、アルバート殿下を強く意識している節があった。三年の学園生活の中で、殿下の身に何か重大な出来事が起こるのだろう。
「では、私はこの後も案内の仕事がありますので。はぁー、明日の夜の同窓会が楽しみです。今度こそ結婚相手を見付けなくては」
「ジ、ジャック殿……」
「あ、はい。まだ何かご用がありましたか?」
「……同窓会を前に、床屋へ行くのをお勧めします。その、私も世話になった良い店がありますので」
「ほう? ニコライ様のような色男が世話になる……気になります!」
嫌な未来から目を背けたい一心で、ジャック殿とどうでもよい会話に興じる。
大丈夫、大丈夫だ。殿下ほどの身分の方なら、自然と取り巻きが出来るはずだ。俺が心配などしなくとも、きっと誰かが殿下の御乱心を諫めてくれるに違いない。
そんな内心から逃げるように、内なる神が『世紀末』と称するジャック殿の鶏冠頭を見上げた。まだモヒカン以外の頭髪を削ぎ落していないので、ギリギリセーフらしい。
「ほう、『キャラクターメイク』なる妙技を持つ店ですか。本来は女性用の店というのが気になりますが、ニコライ様がそうまで言うのであれば……」
余談だが、後日ジャック殿から手紙が届いた。その内容は以下の通りである。
『拝啓、ニコライ・ビエフ様。
あれから勧められた床屋へ行き、美男子と名高い宰相閣下の御子息を参考に注文してみました。すると、翌日の同窓会で女性から声を掛けられるわ掛けられるわ……。まるで魔法のようだと困惑しましたが、学園時代に想いを寄せていた女性に話し掛ける勇気にもなりました。
聞けば、彼女もまだ独身でだそうで、学園時代の私を覚えてくれていました。彼女の御両親にもお会いしたところ、二人で将来を考えてはどうかと仰っていただきました。いつになるかは分かりませんが、彼女とは入籍を考えております。
あの時の御利益というのは冗談のつもりでした。しかし、貴方は私に本物の御利益を与えてくださったのかもしれません。
もしお困りの際は、ぜひ当家にご連絡下さい。このご恩を少しでもお返ししたく思います。
オーマン子爵家当主 ジャック・オーマン』