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05 いくいかない

 我がビエフ領が本格的に農業改革に取り組み始めて六年が経った。失敗も多かったが、今のビエフ領はあの日に比べると少しずつ豊かになっている。

 度重なる実験により、土壌改良技術が完全な形で確立された。作物の収穫量は年々向上の一途を辿っていて、領民達の顔も明るい。耕作放棄地がゴロゴロ転がっていたのもあり、発展を聞きつけてやって来た転居者達にも十分な土地を与えてやれている。

 ブドウの栽培にも成功し、二年前からビエフ印のワインが王都でも出回るようになったと聞いた。とても有難い話だ。


「ほら、もっと脇を締めるんだ。そうじゃない、こうだ」

「こうですか?」

「そうそう、その調子で打ち込んでみろ」


 現在俺に剣術を教えてくれている父さんは、土壌改良技術を王家にもたらした功績を認められ、伯爵になった。子爵をすっ飛ばした上に領地まで広げてもらったりと、今を輝く貴族の一人となったのである。

 こうなったのは、このハザード王国の伝統的な農法が焼き畑だったからだ。

 どうやら土地が瘦せていくという農家の声は王家にも寄せられていたようで、彼らもいつかは大々的に取り組まねば未来を失う問題として見ていたらしい。

 そんな事情の中で届けられたビエフ家の土壌改良技術は、最初こそ胡乱な目で見られたものの、すぐに王家主導の追試によって有用性が認められた。

 要するに、父さんは王家に多大な恩を売ることに成功したのである。


「うーん、難しい」

「そうか? 俺から見れば、ニコは才能の塊だと思うぞ。特に力加減の上手さなんかは、俺を超えているとすら思える」

「そうですか? まあ、力加減はずっと練習してきたので」

「……女中達から噂は聞いているが、程々にしておけよ?」


 女中達の間で内なる神の技が噂になるのは仕方がないと思う。というか、試せる相手が近年まで彼女達以外に居なかったのが原因だ。

 でも、それもあと数年で終わる。十五になれば、俺は王都の学園に通わなくてはならなくなるのだから。

 剣を地面に立てられた人形へと打ち込みながら、遠くに広がる果樹園を眺める。最近は品種改良なんかにも取り組んでいるが、俺はその結果が出る瞬間に立ち会えないだろう。

 内なる神曰く、『このゲームのアイテムクリエイションは、コツを掴むとメチャ簡単』とのこと。なので失敗はないと思うが、やはり少し残念だった。


「兄さま~! ナデナデして~!」

「ベータ、ニコは剣の修行中だ。後にしなさい」

「まあまあ父さん、少しくらいなら大丈夫ですよ」


 だから、これからも発展していくであろうビエフ領は、この可愛いくて可愛くて仕方がない我が妹に見ていてもらいたい。

 母さん譲りの綺麗な髪と、父さん譲りの紫の瞳。先日五歳となった妹のベータは、いつも通りの天使の笑顔で俺に突進してくる。


「やった~! 兄さまナデナデして~!」

「はいはい。ベータは本当にナデナデが好きだなぁ」

「アヘヘ、やっぱり兄さまのナデナデが一番気持ちいい!」

「何故だ……俺の時はこんなに笑ってくれないのに……」

「父さまのナデナデは単調なのっ!」


 流石は我が妹、五歳児にして難しい言葉を知っているものだ。まあ、俺が内なる神の知識を仕込んだというのが大きいのだろうけれど。

 そう、我が妹は天才である。生まれてすぐに神の知識と技を仕込まれたのだ、天才になる以外の道などあろうはずがない。

 このベータならば、俺が学園にて婿養子となる事態が起きても、必ずビエフ領の未来を守ってくれるだろう。


「さて、そろそろ再開しようかな。ベータ、その間はブドウ畑で遊んでくるといい。オバサン達が甘いブドウを食べさせてくれるよ」

「わかった~! ベータ、良い子にしてるね~!」

「ちゃんと女中も連れて行くんだよ?」

「は~い!」


 ベータは元気よく返事をすると、屋敷の方へと走り去っていった。後ろ姿まで天使とは、お兄ちゃんはお前と離れ離れになるのが一番辛いよ……。


「はぁ……あと二年ちょっとで学園の寮生活かぁ……」

「ん? なんだニコ、学園に行きたくないのか?」

「いえ。行かなきゃいけないんですけど、色々と心残りがありそうというか……」

「ああ、それは分かるぞ。父さんも大いに分かる。というかだな、お前の頭なら学園に通う必要もないと思うぞ?」


 父さんの言葉にギョッとする。一体何を言い出すのか、この親父は。


「俺が出世できたのはニコのおかげなんだし、家督を譲るのを早めてもいいかと最近は考えているんだ。ま、お前の意志次第ではあるけどな」

「や、それは不味いというか、俺は学園に行かなきゃ駄目というか……」


 不埒な考えと取られたのだろう、脳内で内なる神が騒ぎ立てる。『今までの全ての努力を無駄にするのか』『お前には本当に幸せにしなければならない人が居るだろう』と。

 俺がここまで歩んでこられたのは、内なる神が在られたからこそ。そして、これまでは前哨戦にすぎないと神は仰る。

 神が俺の脳裏に描く、遠ざかる少女の後ろ姿。たったそれだけなのに、酷く胸が苦しい。

 少女の背景には、多くの貴族と思しき人々の姿。そんな場面ともなれば、大きな社交界か学園の催しくらいしか思い当たらない。

 なので、俺にはどうしても学園に通う必要があった。


「父さん、俺は絶対に学園に行かないといけないんです。家督云々は、もう少し待ってもらってもいいですか?」

「む、珍しく頑なだな。お前がそうまで言うなら俺も止めないが……」

「はい。そこに救わねばならない女性が居るかもしれないので」

「お、おう……? いや待て、女性を救うってどういう事だ?」

「こうやって救うんだと思います」


 説明するより見せた方が早い。そして、見せるより体験させる方がもっと早い。

 神速の右腕を操り、父さんへ神の技を繰り出す。


「あがぁああ!? ほっ、ほぁあ!」

「流石は内なる神の技……。父さんでも防ぎきれないようだな」


 その後、俺は父さんに怒られた。二度と俺にその技を使うな、と本気で怒られた。

 父さんとしては、負けるなら剣術で負けたいということだろう。俺としても、剣を使わずに父さんに勝っても面白くない。この勝敗は無効だ。

 学園に行くまでに、剣術でも父さんに勝てるようになりたいものである。


幼少期を詳しく書くと文字数稼ぎになりかねないのでスキップボタン押しました。

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