04 色々と気になるお年頃
「ニコちゃん、籾殻なんて何に使うの? 普通はゴミとして捨てる物なのよ?」
「炭にして畑に撒くんだよ。土壌酸度の調整と水捌け、あとはミネラル分の補充の意味もある……みたい」
自宅に帰ってから、早速母さんに今日思い付いた内容を相談する。
「う~ん、籾殻なら隣の領が毎年大量に捨ててるみたいだし、安く手に入るとは思うけど……。サンドとかミネラルとか、お母さんにはよく分からないわ」
「俺もよく分からないけど、この前に父さんが買ってきた本にそう書いてあったんだよ。安いならちょっと試してみない?」
「う、う~ん。あれ、剣術の本だったと思うんだけど……」
「作者が農家の出だったんだ。その博識っぷりに驚いたよ」
嘘である。だが、バレはしないだろう。父さんは読書が嫌いだし、母さんは剣術の指南書なんて読まない。そもそも肝心のブツは俺が本棚の奥深くにさっき隠したので、簡単には見つからないと思われる。
ちなみに、その時『エロ本』なる書物を見付けた。エロ本は封印されし書物のようで、今の俺では時が来るまで読めないと内なる神が教えてくれた。
「お父さんったら、買う本を間違えたのかしら?」
「あと、商品価値のある作物を育てるといいって書いてあった。ブドウは上手く育てると二年くらいで実がなるらしいし、ウチでも挑戦してみない?」
「な、なんか怪しい本だったみたいね……」
いかん、このままでは信じてもらえない。
やむを得ず、俺は机で書類整理に勤しむ母さんの傍に滑り込む。そして、その可愛らしい耳に優しく息を吹きかけた。
「んひぃ!? は、はわぁ!」
「お願い、母さん。俺の誕生日って明後日でしょ? 誕生日プレゼントってことでいいから」
「と、吐息まで使いこなしてる……。う、う~……仕方ないわねぇ」
よし、母さんを篭絡したぞ。
なるべく内なる神の技を母さんには使いたくないのだが、これは必要経費として割り切っておこう。
「ブドウなんて育ててどうするの? というか、ウチの土地で育つものなのかしら?」
「果物は嗜好品だからね。そのままでも商品価値のある売り物になるし、ワインにもなる。この辺の気候は穏やかだから、上手くいくんじゃないかなって」
「子供へのプレゼントとしては高くなりそうだけど、面白そうではある、といった感じかしら。まあ、そんなのが誕生日プレゼントでいいなら……」
「ありがとう、母さん。大好き!」
「ニ、ニコちゃん……お母さんも大好きよ!」
内なる神が囁く。これこそがチョロインだ、と。
おそらく、『チョロイン』というのは母さんのような素敵な女性を指す言葉なのだろう。俺の運命の相手もチョロインであってほしい。
「そういえば、父さんは今日帰ってくるんだっけ?」
「そうよ~。お土産に期待しておかなきゃね」
「領の発展に役立ちそうなお土産がいいな」
「えぇ……」
父さんは王国騎士団の剣術指南役なので、仕事になると泊まり込みになる。時期によって家に居られる時と居られない時の差が激しい。
そんな事情もあり、領内の諸々は基本的に母さんが担っている。本当に忙しい時には引退した祖父母が手伝ってくれているようだが、普段は母さん一人の状態だ。
元々文官を輩出してきた家系の出である母さんは、書類仕事に秀でた人物だ。商人とのやり取りなんかも上手なようで、金銭的には名ばかり貴族の我が家がそれなりに体面を保てているのも、母さんの手腕があってこそである。
しかし反面、それ以外に疎い。母さんも領内で食料が高騰気味なのは分かっていると思うが、それが繰り返されてきた焼き畑農業に起因するもので、たまたま俺達の世代がツケを払うことになったとは気付いていないようだった。
「俺が継ぐにしろ継がないにしろ、この領の未来を守らねば」
「え? ニコちゃんが継ぐに決まってるじゃない」
「近々、弟か妹が出来るかもしれないし」
「なぁっ!?」
母さんが真っ赤な顔で硬直した。よく分からないが、効果は抜群だ。
俺は知っている。俺が内なる神の技を母さんに使用した夜は、父さんと母さんがとても仲良くなるというのを。
内なる神は『そういう時は耳を塞ぐか壁を殴るのが礼儀』と仰るので、両親の仲が良い夜は耳栓を着用して寝るのが習慣となっているのだ。
「弟だったら神の技を、妹だったら神の知識を教え込もう」
「な、ななななな……何を言っているのか、お母さんは全然分からないわ!」
「大丈夫、俺もちゃんと教えてもらってないから」
両親がどう仲良くしているのか、まだ内なる神の記憶から上手く情報が引き出せない。どうやら『R15』と『R18』なる制約が関係しているようだ。創造神様方にも色々と勘案すべき問題があるのだろう。
「母さん、今夜は父さんと頑張ってね」
「が、頑張れとか言わないで!」
内なる神がそう言えと仰ったから言葉にしたのだが、母さんは机に突っ伏してしまった。どうやら神も万事を見通せる存在ではないらしい。
プルプルと震える母さんの下から書類を数枚抜き出し、どんな内容なのかを確認する。
ほとんどが商人や他領との取引内容を確認するための書類だ。計算が必要な内容であれば手伝えたのに、ガッカリだ。
「……ん?」
ションボリしながら書類を元の位置へと戻していると、別の内容の物が目に入った。どうやら第一王子の誕生日に際し、彼を正式な王太子とするパーティが催されるらしい。
……なんだろう、『王太子』という文字が異様に気になる。これは内なる神が興味を示しているのだろうか。
「あ、それそれ。ニコちゃんも気になっちゃう? でも残念だけど、それは侯爵以上の方しか出席できないのよね。間違ってウチに届いちゃったみたいなの」
俺の視線が気になったのだろう、いつの間にやら復帰していた母さんが言う。
「第一王子のアルバート様は、ニコちゃんと同い年なのよ」
「へぇ、そうだったんだ?」
「稀代の才能を持っているらしいわ。でもでも、お母さんはニコちゃんが一番だと思うの。勉強なら絶対に負けないと思うわ」
「は、はあ……。まあ、王族の方に勝ちたいとは思わないというか……あれ?」
自分で声に出した内容に、強い違和感を覚える。
『なんでシナリオライターの依怙贔屓に負けにゃならんのだ』
それは、内なる神の声。どうやら内なる神は、俺に負けるなと言いたいらしい。
「母さん、やっぱり前言撤回する」
「へ? ニコちゃん、どうしたの?」
「勉強だけじゃなく、剣術でもアルバート殿下に負けたくない。というか、何一つとして負けたくない」
「ま……まぁ! やっぱりニコちゃんも男の子ね! そんなニコちゃんも格好良くて素敵よ!」
「俺は格好良くて素敵な寝取り男になるんだ!」
「……え?」
見ているがいい、アルバート殿下よ。俺は貴方には絶対に負けない。絶対にだ。
「き、聞き間違いよね……? うん、そうに違いないわ」
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