03 内なる神
あれから二か月が経ち、俺はもう一つの俺と、俺を取り巻く環境についての理解を深めていた。
どうやらもう一つの俺は、神々の末席に連なる御方だったらしい。
そう結論付けた理由は、彼が未来を知っていたからだ。幾つにも分岐する未来を読み、その先でこの国で何が起き、どうなるのかを予知していた。
なぜ俺にそんな偉大な記憶が与えられているのかは分からない。だが、きっとこれこそが運命なのだろう。
朧気に脳裏に浮かぶのは、涙に濡れる少女の輪郭。
もう一つの俺――仮称『内なる神』は、どうやらこの少女を幸せにしたいようだった。俺ならば寝取って幸せにできる、と囁き続けている。俺が掴むべき運命は、それに違いなかった。
「坊ちゃん、どうして急に村の様子が見たいなんて言い出したんですか?」
「いずれ家督を継ぐ時、知っておかないと困るからだ。まあ、父上と母上の間に子供が出来れば、家督を継ぐのが俺ではなくなるかもしれないけど」
俺の運命の相手は、どうやら高位の貴族らしい。であれば、俺が婿入りとなる可能性が高い。そして、いずれこの地を去れなければならねばならない未来であるなら、今の内から親孝行をしておきたかった。内なる神も、ついでに爵位を上げる足しになればと賛同している。
「年々作物の収穫量が減っていると聞いた。その原因を調べるのが今回の目的だ。ついでに畜産の方も見ておきたい」
「は、はぁ……」
俺に付き従うのは、ビエフ家の女中の一人だ。
彼女もまた、意味が分からないほどに美しい顔をしている。どうして我が家で女中なんぞをしているのか不思議なくらいだ。
そして、彼女だけではない。壮年の執事も、女中頭も、それどころか村で畑を耕す農民たちでさえも美男美女ばかり。我がビエフ領に不細工という言葉は存在しないのかもしれない。
この世界――正確には『乙女ゲーム』という名前だそうだが、その理が関係しているようだ。
内なる神曰く、『イラストレーターは手抜きしないせいで描き分けが苦手なタイプ』ということらしい。つまり、創造神の一柱が地上の我々全てを祝福してくれた結果なのだろう。
「おい、そこの農夫。少し話を聞かせてくれないか?」
「へ? これはこれはニコライ坊ちゃん。私なんぞで良ければ」
目に留まった初老の女顔農夫に声を掛け、早速話を聞かせてもらう。
「お前のところも年々収穫が少なくなっているのか?」
「はい……。どこの畑も同じだと思います。近々、新たに森を焼き払わねばならないと皆で相談しておりました。もう領境の森くらいしかないと猟師連中が騒いでおりますが、まあ問題ないでしょう」
「問題大ありだと思うが……」
農夫の言葉に、内なる神は『焼き畑』という答えをくれた。
どうやらこの焼き畑、一時的な解決にはなるようだが、長期的な目で見るとあまり良い方法ではないらしい。
「家畜の数が少ないようだが、作物の減少が理由か?」
「そ、そうです。餌にも困っている状態でして……」
「少し畑の土を見せてくれ」
返事を待たず、ズカズカと農夫の畑に踏み込む。六歳児だからこそできる荒業だ。
適当な場所でしゃがみ、土を手に取る。
内なる神の御母堂は、『家庭菜園』なる神事に精を出していたらしい。それを手伝わされていた影響から、内なる神も農業について一定の知識を持っていた。
その記憶によると、作物の出来は土に左右される場合が多く、土壌改良で大抵の問題は解決するとのことだ。
「少し乾燥気味だな。それに、土独特の香りが少ないような気がする」
「ニ、ニコライ坊ちゃんには分かるのですか?」
「いや、あくまで本で得た知識だ。ちなみに肥料はどうなっている?」
「家畜の糞を利用しておりますが……」
「少し足りない……いや、家畜そのものが減っているのだから、当然なんだろうな。であれば、焼き払う予定の森から落ち葉が腐った物を集めてくるといい。それを土に混ぜ込んでみてくれ」
「そうすれば、どうなるのですか?」
「おそらく、作物の収量に若干の改善が起こる。別の方法は母上に相談するとして、お金の掛からない方法で手っ取り早いのがそれだ。騙されたと思って、一度やってみてほしい」
そう教えると、農夫は胡散臭そうな目で俺を見た。
まあ、六歳児の言葉をいきなり信じてもらえるとは思っていない。内なる神は未来すら見通せるので間違いはないと思うのだが、俺だってその辺は理解しているつもりだ。
とはいえ、この農夫は言われた通りにやるだろう。お金が掛からないという部分を強調した時、明らかに目が輝いていた。
「よし、次は畜舎を見て回ろう。こっちは俺もよく分からないから、また調べる必要が出てくるとは思うけど」
「坊ちゃん、とても勉強熱心になられたのですね。少し前までウンチを見て喜んでいたのに……。女中は感激しております」
やめろ、やめるんだ。黒歴史を掘り返すんじゃない。
俺は余計な事を言う女中と並ぶように立ち、神速の右手を動かす。スカート越しだろうと、内なる神から与えられた力は確かだ。
「ひゃぁあああ!? あ、あひぃ!」
「俺はウンチで喜ばない。オーケー?」
「オ、オッケイですっ!」
とろりとした表情を浮かべ、女中は俺の抹消すべき歴史を忘れてくれた。少し幸せそうにも見えるので、良い事をしたのだと思う。
「こ、これが噂になってる坊ちゃんの手捌き……なんてこと……」
「さあ、グズグズしていると日が暮れるぞ。頼りにしてるんだから、ちゃんと案内してくれ」
「これは……油断していては持っていかれますね……」
赤ら顔の女中はそう言って、プリーツを直しながら俺の後ろに控えた。主従の立ち位置をよく分かっている。六歳児の俺にここまで礼儀を尽くせるとは、彼女は間違いなく優秀な女中に違いない。
彼女の期待に応えられるよう、俺も日々の精進を欠かさないようにしなければ。
本日はここまで。
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