02 所信表明
我がビエフ家は、この『ハザード王国』にて男爵の位を賜っている。治める土地は広くなく、他の男爵家に比べれば貧乏ながら、のびのびとした家風が特徴の家だった。
爵位を賜ったのは、先々代の曽祖父だ。残念ながら俺が生まれる前に逝去しているが、武勇に長けた人物であったらしい。
武功によって位を得たので、我が家は武家とも言える。というか、父さんの姿を見るに、そうとしか思えないだろう。
「今日のニコライは何だか男らしいな。その調子で成長してくれよ?」
「アナタ、六歳児に何を言ってるんですか」
「はっ! このニコライ、立派な男になってみせます!」
「えぇ……」
父さんは男爵でありながら、ハザード王国騎士団の剣術指南役の一人だ。その見た目は筋肉モリモリのマッチョマンであり、見るからに頼り甲斐がある。
もう一つの俺が、『寝取りキャラはハゲデブかマッチョかチャラ男と相場が決まっている』と囁く。
つまり、父さんはある意味で俺の理想となる人物なのだ。
「俺も父さんのようになりたいです!」
「おお!? 嬉しいな……息子にこう言われるなんて、なんという幸せだ」
「俺も父さんみたいな筋肉を付けたいです」
「だ、だめよ! ニコちゃんは文官になるんだから! ムキムキになっちゃだめ!」
筋肉に憧れる俺に、母さんは不満らしい。
確かに、今の俺は母さん似だからマッチョは似合わないかもしれない。髪は父さん譲りの濃い茶色だし、成長具合によっては可能性があると思うのだが……。
「ニコ、そう言ってくれるのは嬉しいんだが、その年で筋肉を付けるのは良くない。実は母さんの言う通りなんだぞ?」
「……なるほど。父さんはいつ頃から筋肉を付けるのが良いと思いますか?」
「む、面白い事を聞くなぁ」
これが面白い事とは、茶化してくれたものだ。こっちは死活問題だというのに。
もしマッチョルートから外れようものなら、俺に残されるのはハゲデブルートしかなくなる。もう一つの俺によるとチャラ男ルートは絶対に駄目らしいので、選択肢が限られているのだ。
もう一つの俺曰く、寝取り男はさらに二種類に大別されるらしい。
一つはとっ替えひっ替えの『外道やりちんタイプ』。
そしてもう一つが、たった一人をこよなく愛する『開発やり込みタイプ』。
勿論、俺が目指すのは後者だ。たった一人を愛し、幸せにできる男になりたい。
「そうだな……お前が学園に通う頃になれば、本格的なトレーニングを始めていいかもしれない。とはいえ、成長期に筋肉を付けすぎるのは良くないとも聞く。程々にしておく方がいいだろう」
「そ、そんな……」
「ニコちゃん、だから文官になろ? お母さんの家は文官なのよ」
「文武両道という言葉がある。可能性を広げるという意味でも、そこはニコに任せてみないか? そもそもウチは武功で成り立った家であってだな……」
「ニコは六歳なのよ? そんな難しい言葉を言っても――」
「なるほど分かりました。文武両道、結構です。幼少期は勉学と我が家の剣術に焦点を絞り、精進しようと思います」
「えぇ……」
もう一人の俺が囁いている。子供の頃からチートをしておけ、と。これが『チート』となるかは分からないが、将来の寝取りには必要な過程に思われた。
「ま、まあなんだ……ニコはまだ体も小さいから、ビエフ流剣術は見るだけにしておけ。学園に通う前には教えてやるから……」
「ア、アナタ、ニコちゃんが天才みたいになってるわ!」
「どうなってるんだ……。いや、流石は俺の息子というべきなのか?」
「流石は私の子供ね!」
もう一人の俺が囁いている。目立たないのは異世界の流儀だ、と。
いけない、少々やり方を間違えたのかもしれない。
「ふぇぇ、僕ちゃん六歳児だからよく分かんないです」
「……急に白々しくなったぞ?」
「流石は私の子供ね! 可愛い!」
くそっ、騙されたのは母さんだけか。もう大好き。
まあいい、それならそれで構わない。そもそもからして、こんな六歳児は異常なのだ。目立たないというのに無理がある。
少しだけ、前日までの俺が羨ましい。道端に落ちていた馬糞を見付け、ケラケラと純粋な笑顔を浮かべていた俺が。……いや、やはり今の俺の方が良いかもしれない。あの後で迂闊にヤツに近付き、その瘴気で泣きそうになったのに比べれば。
「父さん、朝食の後で書庫を見せてくれませんか?」
「おお、構わないぞ。今更だが、言葉遣いも凄く上手になったな」
「はい。母さんや使用人達を見て学びました」
「ニ、ニコちゃん……」
感激のあまりに疑問を放置し始めた両親に安堵しつつ、朝食を口に運ぶ。
野菜多めの質素な料理だ。明らかにタンパク質が足りていない。
これは駄目だ。いつか来る筋肉の日々を考えれば、絶対に解決しておかなければならない問題である。
「まだまだ六歳児。しかし、先んじて行動しておかなくては……」
「なあ母さん、この子の将来が楽しみになってこないか?」
「ふふ、そうね。きっと大物になるに違いないわ」
是非とも、期待してほしい。
俺はこの素晴らしい両親が胸を張れるような、立派な寝取り男になってみせるぞ。
今日はもう一話投稿予定です。たぶん八時くらい。