16 負けられぬ戦い1
また長いようなので2分割(;´Д`)
危なかった。急いで着替えたから間に合ったものの、本当に遅刻するところだった。初となる剣術の授業に武家の嫡男が遅れるなど、笑い事では済まされない。
広々とした体育館の中には、学園の二年生全員が集められている。男子生徒は体育教師を囲むように床の上に座り、女子生徒は二階の観客席で見学という形だ。
もちろん、友達のいない俺はベストポジションである右の端っこ。そして、同じくボッチであるアルバート殿下は左の端っこ。彼なら中央に座っても何一つ問題なさそうなものだが、今は難しい顔で俺と同じ境遇を味わっている。
だが、その程度で俺の心は揺らがない。レイチェル様を泣かせた罪、きっちりと取り立てさせてもらおう。
「よし、これから剣術の授業を始める。授業では木製の剣を使うが、こんな物でも人間に大怪我をさせるには十分だと知っておくように」
体育教師はそう言って、木で出来た剣を掲げて見せる。
良い木剣だ。無駄な意匠に走らず、基本に忠実な形をしている。重量のバランスも悪くなさそうだ。
柄と他の部分の色が違うので、芯となる骨格部は固く粘り強い材料、打撃時に接触する可能性のある部分は柔らかい材料で出来ているのだろう。あえて異なる性質の木材を組み合わせることで、ある程度の力が加わると壊れるように出来ていると見た。
「たまに馬鹿が現れるんだが、絶対に突きだけはしないように。突きを使って誰かに怪我を負わせた場合、退学以上の罰が下ると思っておけ」
オーケー。突きは禁止、と。
まあ、これは当然に思える。突きは本当に危なくて、木製の剣だろうと簡単に人間の皮膚を突き破ってしまう。先端が鋭利でなければそうならないが、今度は骨が折れたりする。急所に入ろうものなら死亡事故すら起こるだろう。
ビエフ流には突きを目的とした型が幾つかあるのだが、今回は封印だ。
「さて、諸君の中には既に剣術の心得を持つ者もいるだろう。そして、当然その逆もいるはずだ。剣に触れたことのある者は手を挙げてくれ。ああ、触れたことのない者は引け目を感じなくていい。むしろ技術を盗めるチャンスだと思うように」
俺を含め、パラパラと手が挙がる。おおよそ二割といったところだろうか。ほとんどは騎士爵家の子弟らしく、皆体格が良い。
そして――その中には、アルバート殿下の姿があった。
よし、内なる神のお告げ通りだ。
『騎士団長の息子ルートでこの場面に少し触れられていたからな。本来、この後でアルバートは圧倒的な実力を見せる。まあ、噛ませ犬ども相手に、だがな』
「くくく……その未来、ぶち壊してみせましょう」
『いい顔だ。勝者に相応しい顔だな』
枝分かれする未来の先を、内なる神は予知している。そしてその中の一つにて、殿下がこの授業で他を圧倒するという出来事が起こるらしい。
そう、この後で体育教師は言うのだ。ちょっと実力が見たい、と。
「……思ったより多いな。となると、この中でも力量の差が生まれそうだ。では、我こそが一番だと思う者は手を挙げ続けろ。他は下げていい。残った二名に手本として一試合してもらう」
きた、予言通りだ。
最初こそ誰も手を下げようとしなかったが、次第に上を向く手が減っていく。おおかた女子に格好良いところを見せようとでも考えていたたようだが、今回は難しいと判断したのだろう。
殿下だ。殿下が手を挙げ続けているせいで、ヘタレ共が尻込みはじめたのだ。
勝ったら方々から顰蹙を買い、負けたら噛ませ犬。それが分かっているからこそ、身分の低い者から先に手を下げていく。
なんとも情けない。女子の目を気にするようなヘタレは去れ。この戦いに真なる勇気を持って臨まぬ者など、相応しくないのだから。俺のように、たった一人にだけ認められればいいと思える者こそが相応しい。
「む、やはり残ったのはアルバート殿下でしたか。そして……お前は確か、ビエフ家だったな。そうか、ビエフ家といえば一昔前は武勇の方で有名だった」
「はい。今でこそ土壌改良で名が通っておりますが、我がビエフ流に陰りはありません。いえ、更なる磨きがかかっていると断言します」
「ほう。よく言った、それでこそ男だ!」
よし、体育教師の反応は上々だ。
一年次で教師達と会話を重ねてきてよかった。友達なんていなかったから、内なる神と彼らしか俺の孤独を癒してくれなかったのだ。あの悲しみの日々は、今になって輝きを放っている。だから泣かない。
「殿下、相手として不足はないかと思います。どうされますか?」
「構わん。元より、相手は誰であろうと構わなかった。少し体を動かしたい気分だったのだ」
「左様でしたか。では、これを」
この学園内に限っての話だが、教師達は侯爵と同等の地位として扱われる。そして、だからこそ殿下がどれだけ特別な存在かがよく分かるだろう。
殿下は体育教師から木剣を受け取ると、軽く振り回して使い心地を試している。
「ニコライ、座学も優秀なお前なら分かっていると思うが、殿下には絶対に傷を負わせるなよ?」
「はっ、重々承知しております」
「まあ、殿下は剣の腕も天才という話だ。あの歳で騎士団でも上位に食い込む腕前だと聞く。胸を借りるつもりで挑んでこい。……嫌な役目を押し付けてすまなかったな」
『倒してしまっても構わんのだろう?』
「はい、お任せください」
「流石だな。他の者は負けるのが嫌で嫌で仕方がないというのに……生徒の間では妙な噂が流れているが、先生はお前を立派だと思うぞ」
ならば、もっと立派な姿をお披露目してやろう。殿下を地に伏せ、俺だけが立っている光景を作るのだ。
俺と殿下が体育館の中央に移動すると、他の男子生徒が壁際まで下がる。いよいよ試合が始まるという雰囲気に、二階の女子達は大はしゃぎだ。殿下殿下と黄色い声が上がっている。
その中に、両手を強く組んでいる人物が二人。祈るような仕草をしているのは、レイチェル様とリサ嬢だ。
リサ嬢はまあ、殿下の応援だろう。健気なことである。
そして、レイチェル様は一瞬だけ俺と目が合うと――ぎゅっと目を閉じ、より強く祈ってくれた。その身体が僅かに震えているのは、俺が怪我でもしないか心配なのだろう。本当に可憐で心優しい女性だ。
俺の胸――その奥底に、確かな火が灯る。
「それでは、試合を始める。負けた側は遺恨を残さないように。いいな?」
「はっ、誓います」
「我が名に誓おう」
なんか先生が俺の方を見て言ったような……まあ、気のせいだろう。
「よし。先生が離れてから、『始め』と言ったら開始だ。両者、健闘を祈る」
そう言うと、体育教師は壁際へと下がっていく。
俺は対戦相手となる殿下を見据え、殿下もここで初めて俺だけを見た。
「最初に謝っておこう。正直を言うと、これは憂さ晴らしのようなものだ」
「昼休みの、ですか?」
「見られていない訳もない、か。ああ。レイチェルに手酷い言葉を投げつけておきながら、私にも不徳があったのに気付いた。しかし、私は……」
「失礼かと思いますが、その言葉は向ける相手が違うかと。私に向けるのは剣だけで十分でございます」
「……そうか。ニコライ・ビエフ、貴様に感謝する。このような稚気に付き合ってくれたことへ、な」
殿下が木剣の切っ先をこちらに向ける。どうやら迷いを捨て、この時に集中してくれたようだ。
よし、そう来なくては始まらない。殿下が本気でなければ、俺の方も煮え切らなくなる。レイチェル様を泣かせた恨み、ここで晴らさせてもらうぞ。
「貴様が申し出てくれなければ、適当な者を数名選んでいたところだ」
『実際に無双しちゃうみたいだしな。選ばれた奴が可哀想だって思ったわ』
「であれば、やはり私で正解かと思います」
「ほう? その気迫、どこまで本物か楽しみだ」
俺の言葉に自信を感じたのだろう、殿下の口角が上がる。おそらく、俺も同じような顔をしているに違いない。
『アルバートはマジで強いぞ。なにせ、騎士団長の息子ルートだとラスボス扱いだからな。絶対に油断するな』
「ビエフ流の神髄、お見せしましょう」
「楽しみだ。良い試合にしよう」
軽く切っ先同士を触れさせ、離れる。
内なる神からの再三にわたる忠告で、殿下が強いというのは分かっていた。実際に相対してみても、父さんと同じ勝利に慣れた者特有の圧が肌を刺してくる。
自分はスマホで閲覧すると三千字程度が読みやすいと感じるのですが、他の方はどうでしょうか?
PCやタブレットだと五千字超えても普通に読めるんですけど……うーん難しい。