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12 新学期に向けて

 久しぶりに帰ってきたビエフ領は、以前にも増して活気にあふれていた。道路の整備が進み、冬だというのに多くの民が道を行き交っている。この地を訪れる行商も増えたようで、その威勢のいい声に夕飯の材料を求める者達が群がっていた。


「ただいま、ベータ。わざわざ迎えに来てくれなくてもよかったのに」

「兄さまお帰りっ! アヘヘ!」

「よ、よくぞお帰りくださいました。若様……なんと美しい御姿に……」


 女中を引き連れて関所まで迎えに来てくれたベータは、俺が馬車から降りると同時に飛びついてきた。うーん、可愛い。本当にこの子は俺の天使だ。


「夏は帰れなくてごめんな。元気にしてたか?」

「うん! ベータ、たくさんブドウを作ったの!」

「そうかそうか、やっぱりベータに任せて正解だったな。偉いぞー」

「アヘヘヘヘ!」

「夏はお帰りになられないとの文が届いた時、旦那様と奥様が心配しておられました。私共もディモス執事から若様の変貌を聞き及んでおりましたので、本当に残念で残念で……」

「あ、ああ。爺のヤツ……」


 どうせ爺が俺の髪型変更を面白おかしく話すだろうと思っていたが、やはりその通りとなっていたようだ。

 幼い頃から面倒を見てくれていた女中が少し顔を赤くしている。笑いでも堪えているのか、なかなか俺と目を合わせようとしてくれない。


「既に画家の手配は済んでおります。ディモス執事は良い仕事をなされました」

「おい、あれは冗談じゃなかったのか?」

「それだけ皆が寂しがっていたのです。若様の御姿をせめて絵画としてでも残しておけば、と私共の間でも話しておりました」

「う、うーん。そうまで言われると嬉しいというか、弱いな……」

「あの絶技だけならまだしも、こうなると分かってさえいれば……。唾の一つでも付けていたものを……」

「兄さま、早く帰ろ? ベータが作ったブドウジュース飲ませてあげる!」

「それは楽しみだな。よし、早く帰ろう」


 女中が荷物を預かろうとするのをやんわりと断り、我が家への帰り道を歩く。

 その道中、ベータは領民達から何度も声を掛けられていた。領民達の声は全て好意的で、彼女の愛され具合がよく分かる。

 幼少期から俺の面倒を見てくれていた女中は、今は彼女の傍に控えるのが役目となっているようだ。

 だからだろう、俺が学園に行ってから移住してきた領民は、ベータこそが次の当主だと思っているらしい。まだベータはそれに気付いていないのか、気付いていてもなお天真爛漫な態度を取っているのか。どちらにしても、大物であるのは間違いなかった。

 夏に帰らなかったのを、少しだけ後悔する。

 あの時の俺はドン底で、とても帰省する気にはなれなかった。せめてもの思いで王都で手に入れたモモとイチジクなる果実の乾物を手紙に添えて送ったが、やはり数日でも顔を見せに帰るべきだったかもしれない。


「お帰りっ、ニコちゃん!」

「ただいま、母さん」


 我が家に着いてから、その思いは強くなった。

 瞳を潤ませた母さんが抱き着いてきて、俺は母さんの頭頂部が見えるようになっていて、自分の背が思った以上に伸びていたのに気付いた。そして自分が泣きそうなほど感激しているのも分かってしまって、本当に馬鹿な事をしたのだと理解する。やはりあの一年間は色々とおかしかったのだと思う。


「ディモスの言っていた通りね! ニコちゃん、本当に格好良くなって」

「いや、本当に髪型変えただけなんだけど……」

「ふふ、やっぱり目元はお母さんに似てるわね。お父さんも夕方には帰ってくるから、ちゃんとその姿を見せるのよ?」

「ぐぅ……わ、分かったよ……」

「ささ、長旅で疲れたでしょ? お部屋に荷物を置いてらっしゃい。ベータちゃん、お兄ちゃんに努力の成果を見せてあげましょうね」

「は~い!」


 ベータから両手で手を引かれ、母さんが食卓の方へと引っ込んでいく。

 なんだろう、このほのぼの感は。夏に帰ってきていれば、あの時のささくれ立った心も癒されていたに違いない。


「画家の到着は明日の正午となっております。今日はごゆっくりとお体を休めるのがよろしいかと」

「家に居る間はずっとゴロゴロしてたんだが」

「では、私の部屋で休まれますか? 最近王都より取り寄せたボードゲームがございますよ」

「遊び相手がいないのか? なら、母さんに頼んでおこう。母さんはそういうのが好きだしな」

「……チッ」


 よく分からないが、少し会わない間にこの女中も変わったようだ。目付きが若干鋭くなっている。なんだか背筋にうすら寒いものを感じるのは何故だろうか。



§



「いやー、最初は誰か分からなかったくらいだ。しかしその様子だと、女の子も放っておかないだろ?」

「い、いえ……それが全く……」

「そうなのか? まあ、案外そんなものなのかもしれないな」

「はい、そんなものですよ。父さん、そんなものなんです」


 予定を早めて帰ってきたらしい父さんは、会って早々に俺の痛いところを突いてきた。流石は騎士団の剣術指南役だ、攻撃がエグすぎる。

 現在、俺は久々となる家族四人での昼食に興じている。隣に座ると言って聞かないベータが本当に可愛い。


「兄さま、これ飲んで」

「ああ、これがベータの作ったブドウジュースか」

「うん! あのね、兄さまが学園に行ってから完成したの。世界一美味しい白ブドウだから、『ボウクン

』って名前にしたの。ベータ、名前を付けるの上手?」

「格好いい名前だ。流石はベータだな」

「わーい!」


 『暴君』とは、なかなかに厳つい名前である。正直なところ、ブドウに付ける名前としては少々不適格と思わないでもない。

 しかし、それから作られたというジュースを一口飲んで、俺は認識を改めざるをえなくなった。

 凄まじく美味しい。今までも何度か美味しいという品種からジュースを作ったことがあるのだが、それと比べるのが愚かに思える。その味は濃く豊かであり、ジュースだというのに水っぽさを感じさせない。まるで果実そのものを食べているような感覚だ。


「こ、これは凄いぞベータ。こんなのを味わったら、他のブドウが食えなくなる。なんて暴力的な美味しさ……だからこその暴君なのか」


 鼻に抜ける余韻すら(かぐわ)しい。白ブドウ独特の爽やかさの中に、花に似た芳香が紛れている。完璧だ、究極と言っていい。


「美味しい? 兄さま美味しい?」

「こんなに美味しいブドウジュースは初めてだ。これ、お土産で何本か欲しい」

「やった~!」


 嬉しそうなベータに癒されながらも、内心ではずっと驚いていた。まさかここまでの成果を出していたとは、正直予想外もいいところだ。


『ちなみにそれ、能力値上昇アイテムの類だからな』

「……は?」


 突如脳内に響いた内なる神の声に、俺は硬直する。


『効果は容姿+3だったと思う。+1のアイテムでもレアだから、最上級アイテムの一つだな。本来は三週目以降から作成可能になるんだが……お前の妹は本当に天才らしい』


 驚きを悟られないよう、父さんと母さんの顔を見る。

 おかしい、父さんの額の傷跡が消えている。ゴツゴツしていた指が、白魚のような滑らかさへと変わっている。

 母さんにしてもそうだ。もう四十が見えてきたというのに、異様に若々しい。去年は首元にあった皺も、綺麗さっぱり消えている。

 そして、ベータである。おそらくこの中で一番試飲していたであろう彼女は、レイチェル様並の美少女と化していた。長すぎる前髪で多少は誤魔化されているが、ここまでくると……いや、やはり俺の妹はいつも通り世界一可愛いようだ。


「べ、ベータちゃん? これ、あと何本くらい残ってるかお兄ちゃんに教えてくれるかな?」

「う~ん、十本くらい? 来年はもっといっぱい作るね」

『在庫でも容姿の上限値に届くかもな』

「お兄ちゃんはね、学園で少しアルバイトをしていたんだ。写本のアルバイトだよ。だからね、ベータちゃんに沢山お小遣いをあげたいんだ」

「わ~い!」

「お、おい。ベータはまだ子供なんだから、あまり金を持たせるのは……」

「父さんは黙っていてください! ベータには報酬と研究資金が必要なんです! だからね、ベータちゃん。お兄ちゃんにその十本、くれないかな~? 飲ませてあげたい人もいるんだ」

「いいよ~。ベータ、兄さまに飲んでほしかったの!」

「俺の妹天使すぎぃいいいい!」

「ニ、ニコちゃん? こ、これアルコール入ってたかしら……?」


 男子三日会わざれば刮目して見よ、という言葉がある。このアイテムは、そんな大袈裟を叶えてくれるかもしれない。

 素晴らしい、素晴らしすぎる。これがあれば、俺はあの殿下と顔面偏差値で戦えるようになるだろう。髪型を変えても届かない領域、そこへと手が届くようになる。レイチェル様を前にしても、身分以外の引け目を感じずに済むのだ。


「ベータね、この『ボウクン』をベースに『ギフン』っていうのも作ってるの。完成したら王都に送ってあげるね」

『そっちは学力+2と元気+1の効果だったかな?』

「俺の妹は世界一ぃいいいいいいい!」

「ニコライは本当にベータが好きだなぁ。これじゃ学園で彼女なんて出来ないんじゃないか?」


 待っていろ新学期。本当の冬休みデビューというものを見せてやるぞ。

咳が止まったら鼻水が止まらなくなりました。

どう見ても風邪です本当にありがとうございました(´A`)

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