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10 ダークサイドクロニクル1

スマホの方はすみません。今回切れる部分が少ないせいで長いです(;´Д`)

しかもキリが悪いので2話に分割してます。本当に申し訳ない。

「内なる神よ……何故、このような過酷な運命を俺に課したのですか……?」

『俺も気付いたらお前の中に居た。運命なんて予想外の連続だぞ』

「そんなご無体な……」


 学園生活初日にして生ける伝説となった俺は、部屋でいつもの問答を内なる神と交わしていた。

 あれから一年が過ぎ去ろうとしている。

 レイチェル様とアルバート殿下は一組、俺は三組。入学式にて出鼻を挫かれただけではなく、クラス分けでもこの始末。俺の運命は過酷すぎやしないだろうか。

 しかも、伝説になったせいで俺に近付くクラスメイトが未だに一人として存在しない。なんという無残か。


「御覧下さい、内なる神よ。この百点満点の答案用紙の数々を」

『うんうん、偉い偉い』

「誰とも話すことなく、放課後に誘われることもなく、一心不乱に勉学に励んだ結果がこれでございます。この一年、俺の話し相手は教員の方々だけでした」

『うんうん、よくある事だよ』

「あああああぁぁあああ!!」


 灰色の一年だった。

 女子連中の「ニコライ様って顔は良いんだけど……」や、男子連中の「ガリ勉すぎんだろ。やっぱ入学式の伝説通り……」という陰口を必死で聞こえないふりをしてきた日々。彼らはいつも最後の部分をボカシてくれているが、本当は「ヤバい奴」という台詞を続けたいのを俺は知っている。

 しかも先日、入寮日に案内役をしてくれたジャック・オーマン子爵から「恋人できちゃいました」という手紙が届いた。こっちは汚水の中に漂っているというのに、羨ましくて仕方がない。


「神よ、俺も恋人が欲しいです」

『だからレイチェルを寝取れって言ってんだろ』

「アルバート殿下からとなると、たぶん俺、死刑になるかと」

『だから、ヤツは王太子じゃなくなるって言ってんだろ』

「それっていつの話なのですか? 今すぐって訳ではないのですよね?」

『卒業と同時だ。一応ヤツの攻略ルートが正史扱いだから、今頃は主人公とよろしくやってるだろうよ』

「卒業とか学園生活終わるんですけどぉおお!?」


 頭を抱えて突っ伏す。

 あれから開示された記憶によると、レイチェル様はどのような未来を辿っても婚約破棄をされ、泣きながら学園を去るらしい。つまり、俺の(がわ)へと落ちてくる。学園生活の思い出が灰色に変わるのだ。

 俺は、想いを寄せる女性にそんな未来を歩んでほしくない。だから、内なる神の御言葉を受け入れたくはあるのだが……。


「何故どの運命でもレイチェル様はアルバート殿下と結ばれないのでしょうか? いえ、もちろん俺も殿下とレイチェル様が結ばれるのは嬉しくはないのですが」

『簡単な話だ。別キャラを攻略するルートでアルバートとレイチェルが結ばれるパターンなんてあれば、確実に良く思わないプレイヤーが生まれる。要するに炎上案件になるんだな、これが』

「よく分かりませんが、天上の御意思でしたか……」

『うんまあ、そんなとこ』


 惨たらしい運命だ。絶賛ドブ色の青春を送っている俺だからこそ、尚更そう思える。

 どうにかしてレイチェル様を助けたい。不幸な未来を歩んでほしくない。

 しかし、そう思いながら一年が過ぎようとしている。それもこれも、彼女の婚約相手がアルバート殿下だからだ。別クラスの()が理由もなく殿下に近付くというのは、周囲から見ると怪しすぎるのである。


「どうにか二人に近付きたいとは思うのですが、今の状態では……」

『クラスが違うのは俺も予想外だった。確率三割ともなれば、ほぼ確実だと思ったんだけどな。そういうゲームもあるんだ。三割は実質十割という』

「神様でも分からない運命がある、と」

『だが、次のクラス分けは違うぞ。お前はこの一年よくやった。確実に特級クラスに滑り込めるだろう。今は別クラスのガリ勉変態ポジションではあるが、同じクラスになればこっちのモンだ』

「ガリ勉変態ポジション……」

『さて、そろそろ試験結果が張り出される時間だ。確認したい事もある、さっさと部屋を出るぞ』

「っ、分かりました」


 やるせない思いを振り切り、顔を上げる。

 そうだ、この一年は布石でしかない。簡単には割り切れない部分を噛み砕き、飲み込むための一年だったのだ。

 俺には、内なる神がついている。相手が王太子殿下であろうと、神の御意思の前では塵芥のようなもの。そう思い込んで……思い込まないと、本気で精神が死んでしまう。

 そう、クラスで浮いているのも、逃避から勉強に打ち込んだのも、全ては二年次のためなのである。だから、もう(つら)い時間は終わるのだと信じたい。



§



 ちょうど試験結果が張り出されたばかりだったのか、掲示板の前にはガヤガヤと人だかりが出来ていた。

 このハザード学園、平等を謳っておきながら試験の順位を平然と公開する。こんな事ばかりしていては裏事情の方もすぐに広まりそうなものだが、何故か気付かない生徒が大半を占めていた。


『順位でも公開しないと、プレイヤーに主人公の成長度合いが上手く伝わらんからな』

「では、これも天上の御意思だと?」

『ご都合主義ってやつだ。周りのモブは気にするな』

「な、なるほど」

『よしよし、やはりこうなったか。喜べ、お前が一位だぞ!』


 少しテンションの上がった、内なる神の声。

 だが、俺は最初から一位なのを確信していた。むしろ、一位でなければ腹を切ろうとさえ思っていた。この一年の集大成とも言える学年末テストで結果を出せなければ、俺の一年生時代は何の意味があったというのか。


「ふっ、当然でございます。なにせ、俺はガリ勉変態伯爵らしいですから」

『うん、強く生きろ』

「……二年次では、少し成績が下がる出来事を期待します」

『安心しろ、嫌でもそうなると思うぞ』


 デカデカと掲示板に貼られている紙には、一番上に俺の名前がある。堂々の全科目満点だ。虚しすぎる一年ではあったが、これはこれでなかなか誇らしい。

 ……しかし、だからこそ気になる部分もあった。

 非常に腹立たしいことに、俺と同じ全科目満点の人間がいるらしい。


「やったっ! あたしが一位だ!」


 その時、聞き捨てならない言葉が聞こえた。

 違う、俺こそが真の一位なのだ。お前ではない。多大な犠牲を払い、無私の心で勉学に打ち込んだ俺こそが真の学年首位である。繰り返す、お前ではない。

 俺は据わり切った目付きで声の主を見る。

 あの女だ。あの女生徒が、俺の一年の集大成に泥を塗ったのだ。

 可愛らしくピョンピョンと跳ねながら、全身で喜びを表現している少女。真なる犠牲を払わずに俺と同じ位置に名を連ねたであろう――リサ・トレジャー男爵令嬢。俺はお前を軽蔑するぞ。


『待て待て、これは自然な結果なんだ』

「なっ!? か、彼女も俺のような悲しみを……?」

『いやいやいや、お前がオンリーワンだよ。ある意味でナンバーワンだ』

「ぐぎぎぎぎ!」

『あのリサという女キャラこそが、この世界における主人公なんだよ。あーうん、お前の言う神々がリサを見守っていて、手を貸しているとでも思っとけ』

「そ、それではまるで童話の聖女様ではないですか!」

『うーん、当たらずとも遠からずか』


 よもやこの時代にそんな大人物が現れるとは、驚きを隠せない。

 しかし、そうなると俺は将来の聖女様と同じ順位となる訳で……なんと光栄な事なのだろうか。

 先程とは一転、リサ嬢が輝いて見える気がした。

 万人と変わらぬ美しい顔立ちと、それを彩るエメラルドの瞳。とんでもなく没個性的な茶色のおかっぱ頭といい、己という個を消し去るドレスチョイスはどうかと思うが……おやおや、本当にあんな個性のない少女が聖女なのか、急に疑わしくなってきた。


「……内なる神よ」

『なんだ藪から棒に』

「俺には、リサ嬢が聖女様には見えません。ご覧ください、リサ嬢の周囲への溶け込み具合を。あれでは草原に紛れるクツワムシのようではないですか」

『そりゃそうだ。乙女ゲーの主人公に最初からビジュアル的な特徴なんてあったら、プレイヤーが自己投影できなくなるだろ。あれでいいんだ、あれで』

「つまり、先の話に嘘はないと仰るのですね?」

『そうだよ。そして、リサもお前の同類みたいなもんだ』

「……む?」


 よく分からない。

 確かに俺も内なる神という高位存在と共に在るが、リサ嬢は多くの神々から祝福を受けているという話だったはずだ。であれば当然、彼女の方が上位の存在として扱われるのではなかろうか。


「同類、という意味は?」

『おそらく、リサはもう個別のアルバートルートに突入している。他の攻略キャラはフラグ管理が面倒だし、そもそも正史扱いじゃないからな。要するに、リサはレイチェルからアルバートを寝取るんだよ。攻略なんて聞こえのいい言葉を使おうが、実際はそうなんだから』

「ね、寝取……?」

『そう、寝取りだ。お前が寝取り男なら、リサは寝取り女といったところか』


 嗚呼、天上の神々は何を考えているのか。

 この時代に聖女様が現れたかと思えば、彼女は寝取り女だった。俺のような成り上がり木っ端貴族ならまだしも、聖女様までもがそのような蛮行に手を染めなければならないとは……。


「あの……さっきからずっと見てますけど、あたしの顔に何か付いてます?」

「へ!? あ、これは失礼を」


 世の不条理を儚んでいると、気付けばリサ嬢が俺の目の前に立っていた。

 不味い、思いっきり見ていたのがバレたようだ。


「い、いや、特に何も付いていないと思……う」


 少し迷い、敬語は使わないことにした。

 相手が聖女様だと考えるなら、ここは敬語を使うのが正解だろう。しかし、それが周知の事実なら噂になっているはずだし、ボッチの俺の耳にも届いていないとおかしい。

 なので、リサ嬢が聖女様なのを周囲は気付いておらず、彼女自身も……この様子から自覚がないと思われる。

 となれば、こちらを見ている幾人かの認識通り、伯爵家と男爵家という関係に則した態度を取るのが正解だと思われた。


「え、じゃあなんで私なんて見てたんですか?」

「ああ、それは君が俺と同じ順位だったからだ。おめでとう、と言っておこうかな。俺も苦労したが、君も苦労したんじゃないか?」

「あ、そういう……。いえ、私からもおめでとうござ――うぅ!? お、同じ順位って……」

「そういえば、まだ名乗っていなかった。俺はニコライ・ビエフ。順位表にも書いてあると思うが――」

「ひっ! で、伝説の伯爵!?」

「……神よ、なぜ俺にこのような試練を……」

『俺じゃないぞ?』


 リサ嬢にまで伝説扱いされていたとは、俺はこの学園でどれだけ有名人になっているのだろうか。

 げんなりしていると、リサ嬢は自身の発言の不味さに思い至ったのだろう、蒼白となって頭を下げる。


「す、すみませんっ! 決して悪気があったのでは……あわわわわ……」

「あ、ああ、気にしてないから安心してくれ。き、気にしてなんて……はは、全く気にしていないからな。ただ、勘違いされ続けるのは少し辛いんだ……」

『貴族ってのは大変だな。ほら、ポケットからハンカチ取り出せよ。今にも涙が零れそうになってるぞ』

「あわわわわ……ほ、本当にすみませんでした! あたしってすぐ余計な事を言っちゃうから……うぅぅ……」

「いや待ってくれ、この場面で君に泣かれる方が不味い。俺への勘違いを助長しないでほしい」


 自分の涙を拭くために取り出したハンカチだったというのに、今日はなんという厄日だ。しかもリサ嬢は混乱しているようで、俺がハンカチを渡そうとしているのに気付いていない。

 仕方ない、これは彼女の頭にでも置いておこう。

 ……しまった、なんだかカッパみたいになってしまった。


「あ、これ……ハンカチ?」

「まず、俺は君や周りの人間が思うような人間じゃない。あの入学式の出来事は、本当に体調不良だったんだ」

「そ、そうだったんですか?」

「そう、その通りだったんだ。だから、俺は本来とても紳士的な人間なんだよ」

『俺の元居た世界では、『変態』と書いて『しんし』と読む時がある』

「……と、とにかく、君はそんなに怯える必要なんてない。そうだろ?」


 そう言い切ると、ようやくリサ嬢は涙を引っ込めた。ずるりと頭上のハンカチが滑り、カッパフォルムも崩れた。よし、これで未来の聖女様への不敬にはならないだろう。


「ビエフ伯爵はもっと怖い方だと思ってました……」

「正確には伯爵家の嫡男だから、ニコライと呼んでくれて構わない。その呼び方だと父上になってしまうし」

「じゃ、じゃあニコライ君……って呼んでもいいですか?」

「ついでに言うと、我が家もつい最近までは男爵家だった。さっき驚かせた負い目もあるし、無理して敬語を使わなくていい」


 さっきから思っていたが、彼女の言葉遣いはどっちつかずだ。男爵家令嬢が伯爵家嫡男と会話しているにしては緩いし、学園の平等ルールにしては固い。

 そう思って提案してみるも、リサ嬢はふるふると頭を振る。


「大丈夫です。あたし、よく要らないことを言っちゃうんで……普段からこの喋り方にしてるんです」

『この主人公の特権と特徴だ。大筋のストーリーが狂う可能性もあるから、このままにさせてやれ』

「なるほど、それなら仕方ない。ああ、これから少し時間を貰ってもいいかな? 学年末テストの事で――」

「おい、貴様。なにをリサに絡んでいる」


 俺が聖女関連の話を聞こうとリサ嬢を誘った途端、背後から肩を掴まれた。

 誰がこんな不躾な事をするのかと振り返る。そして――今度は俺が顔面蒼白となった。


「ア、アルバート殿下!?」

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