01 精神汚染
泣きながら遠ざかっていく君の姿を、俺は何度も何度も見続けた。
ありえない。なんでコイツは主人公を選ぶのか。
このイケメン野郎が君と結ばれるとしても、俺なら許せる。でも、コレはないだろう。
なんで主人公と君の百合ルートが用意されていないんだ。
もしも――俺がこのゲームに居たなら、絶対に君を幸せにするのに。
§
奇妙な夢から目覚め、俺――ニコライ・ビエフは混乱した。
なんだ、今の夢は。なんだったんだ、あの美しい後ろ姿の少女は。
あまりの驚愕から、俺はワナワナと震える両手を見る。そして――その小ささに、またしても混乱した。
「小っさ! はあ!? 俺の手小っさ!」
「ニコちゃ~ん、もう起きる時間ですよ~。……あれ? もう起きてたのね。偉いわね~」
そう甘ったるい声で朝を告げるのは、我が母上。その横幅に優れる御姿は貫禄に溢れ、いつもいつも「現実でも恋人作ったらどうなの?」と二言目に添える強者である。
「おはよ、母ちゃ――はぁあああああ!?」
「きゅ、急に驚いてどうしちゃったのニコちゃん? お母さんの顔に何か付いてるの?」
しかし、そこに立っていたのは美女。思わず『おねしょた』という言葉が頭に浮かぶ外見であった。いや待て、おねしょたって何だ。
クリーム色の柔らかな髪色、透き通るような白い肌、母性に溢れる青の垂れ目……なんだ、普段通りの母さんじゃないか。どう考えても普通だわ。
「え、でも……母さんはもっと太ってて、イビキを二階まで届けてくる人だったような……」
「な、何よそれ!? ニコちゃん、私をそんな目で見てたの!?」
「いやいや、母さんは綺麗だよ。父さんが羨ましいって思ってるくらいだし。でも、俺の母ちゃ……あれ?」
「きゃー! ニコちゃんってばもー!」
奇声を上げ、母さんが俺を抱き締める。危ない、これが俺だったら変な気分にでもなっていそうだ。
……いや待て、俺は俺じゃないか。母さん相手に変な気分になるとは、どういう意味なのだろうか。
なんだか今日の俺は変だ。記憶にない記憶があって、知らない言葉を沢山知っている。こんな思考も、昨日まではしていなかったような気がしてならない。
「……そうだった、俺は六歳児だった」
「な、なに? なんでそんな悟ったような顔してるの? というかニコちゃん、自分のこと『俺』って言うようになったのね。ふふ、可愛くて格好いいわよ」
「可愛くて格好いい六歳児……それが俺だった……」
「きょ、今日のニコちゃんは寝ぼけてるのかな?」
母さんと話している内に、だんだんと頭が明瞭になってきた。
どういう訳か、今日の俺には二つの記憶があるようだ。
一つは六歳児のニコライ、つまりは俺が本来持っている記憶。母さんがよく知っている俺で間違いない。
そしてもう一つが、『エロゲー』なる遊戯に精通し、その中でも『寝取り・寝取られ』という分野をこよなく愛していた記憶だ。しかも多くの記憶が斑に乱れていて、数々の単語の意味さえよく分からない。それでも、なんだか非常に申し訳なくなってくるのは何故なのか。
さっきまで俺がおかしくなっていたのは、もう一つの俺の記憶に強く引っ張られていたからのようだ。というか、既に一部が混ざってしまった感覚すらある。
「……少し試してみるか」
「どうしたの? ニコちゃ――ひゃあ!?」
俺は神速で右手を動かし、母さんの首筋を撫で上げる。優しく、触れるか触れないかの絶妙な手付きでだ。
もう一つの俺は、いつか来る『寝取り』のチャンスに備えていた。運命の相手に出会った時、絶対に満足させなければならないという義務感を抱いていた。
だから、『AV男優』なる神々の声を直に聞きに行ったり、『エロ動画』なる神秘を何度も見返して技術を勉強していたのである。
全ては、いずれ出会う誰かを幸せにする為に。
肝心の場面となる記憶が『モザイク』なる手法で全て隠されているが、とにかくそういう事らしい。
「な、ななな……」
「まずまず、といったところかな。しかし、所詮は六歳児の手。伸びしろは十分にありそうだ。今後も精進しなくては」
「ぐ、偶然よね? 私の可愛いニコちゃんに限って、そんなプレイボーイみたいなこと……お父さんより上手なんて……」
母さんの表情を見るに、やはり俺は新たな力に目覚めたようだった。
赤くなった頬、激しく血の通う耳、隠し切れない息の乱れ。たった一つの動作で劇的な効果を得る手腕は、もう一つの俺が『やるじゃない』と太鼓判を押すほどであった。
「母さん」
「ひゃはい!」
「お腹すいた。今日の朝ごはんは何?」
「あ……ふふふ、そうよね。ニコちゃんはいつものニコちゃんだものね。なんかちょっと落ち着きすぎてる気がするけど、気のせいよね」
「俺、目玉焼きが食べたい」
「あらあら。じゃあ、厨房の者にそう言っておかないとね」
母さんはそう言って笑うと、俺の頬にブチューっとして部屋から出て行った。
なんという『愛されキャラ』だ。もう一つの俺が戦慄している。
「うーん、まだグルグルする。まるで頭の中に別の誰かが居るみたいだ。ええと、俺の名前はニコライ・ビエフで、今は格好良くて可愛い六歳児。男爵家の長男で、将来の夢は寝取り男になることで……」
朝食が出来るまでの時間ではたかが知れているが、今の内に記憶の整理をやっておきたい。またさっきみたいな失敗をするのは御免だ。
一人になった俺は、黙々と自身の内側へと精神を集中させる。
もう一つの俺が囁く、『現実で母親を発情させるとは、これ以上ないほどの黒歴史なのでは?』という不思議な声を聞きながら。
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