第3話、それでも異文化も文化である。
(しかし、まさか本当に敵軍の拠点で、のん気に飯を食うことになるとは……)
テーブル席に座る。ルルがテーブルの下から潜り込んだという事は、隣に座るのではなく、向かい合えという意図と察し、素直に応じる。
「あ、すでにオーダーはしていますので、少々お待ちを」
「うい。さんきゅー」
クレスは辺りを警戒してみた。
周囲にはクレスと同じ人間はおらず、そのほとんどが小柄のドワーフ。取っ手の付いたタルをコップ代わりにして酒を飲み、料理を食べながら騒いでいる。
「……そういえば、今って何日だ?」
「はい?」
「質問が悪かったかな。オレがリカルド……〈賢者〉にハメられて死にかけてからどんくらい時間が経っているのか、という質問」
「あぁ、そういう。えっと……今19時ですし、5時間くらいですかね?」
(なるほど、そりゃ酒飲んでる連中が多いのも納得である)
あまり時間が経過している感覚がなかったため、それほど寝ていたとは思っていなかったクレスであるが、自分の予想以上に寝ていなかったらしい。下手をしたら昼寝していた程度でしかない。
「あ、お酒が飲みたかったです?でも、ボロボロの状態でお酒は控えておいた方が良いと思いますよ?医学の知識なんてありませんが」
「捕虜相手に気にしなくていいよ。食事が出るだけありがたい」
絶食して死ぬつもりだった、とシリアスな口調で言うのは簡単であったが口をつぐむ。どういうわけか、ルルからは敵意を感じない。
クレスは〈戦士〉であり、同胞たちの仇であるにもかかわらず、どういうわけか、彼女は歓迎しているようにしか見えなかった。
魔王軍に寝返るのも悪くない、と血迷ってしまうような心地よさがここにはあった。
「捕虜……?なんかわたしとクレスさまの間で若干の解釈違いが発生しているようですが?」
「解釈違いって。君はオレが何者なのか知ってるんじゃなかったのか?」
「存じていると言いました通り、存じています。クレス・ゴールドハート、南方出身で女神の祝福を受けた数少ない人類の1人、〈戦士〉として勇者一味と共に無法者たちの蛮行を裁いている、ですよね」
「無法者?」
「えぇ、我々魔王軍にとっても邪魔な存在、目の上のタンコブ、法も秩序も気にせず、欲望のままに破壊と殺戮を楽しむ外道。彼らのせいで、わたしたちのように法と秩序をもって、世界平和を手に入れようと考えている者からすれば、有害でしかありません」
今までの飄々とした可愛らしい発言から一変して、そこには憤怒が籠っていた。
クレスは、先ほどのジェイクというスケルトンが言っていた『良い魔物も悪い魔物もいる』という発言の真意を理解した。ルルが口にした『世界平和』というものが自分が願ったものと同質のものであることを、理屈ではなく本能的に理解できた。
「お待たせしました。こちら、生イオマムシです」
「お、待ってました!ありがとう」
勝手にしんみりしているクレスを横に、食堂の給仕が料理を運び、ルルは目を輝かせて謝辞を言う。
だが、クレスの心をぶち壊したのは、給仕の声でもルルの笑顔でもなく、肝心の料理である。
「…………おい、今なんて言った?」
「え?ありがとうって」
「君ではなく、給仕の子の方だ。なんとかムシって」
「イオマムシ?」
「そうそれ」
皿の上に盛られたクロワッサンのように丸々と太った数匹の虫の姿を見て、クレスは愕然とした。
これを今から食すのか?本気か?とでも言いたいらしい。
「イオマムシって食べた事ありません?食用で美味しいですよ。見てください、この青くてぷるぷるした身、……ほわぁ、たまらない♪」
人気洋菓子店の新作スイーツを目にした乙女のような顔をしているが、実際はイモムシみたいな虫を見てうっとりとしている。
「いやぁ……ないわ……」
ガチのドン引き。ここにきて、クレスはようやく目の前の少女が人間とは壊滅的に違う何かであると軽蔑に近い眼差しを向けてしまう。
「お気に召さない?残念です。では、失礼して」
フォークを手に取り、一切の躊躇なく虫に刺してそれを食す。
「んぅ~~~!美味しい!!」
一口で丸のみ。頬がリスのようになっているが、本人はそんなことを気にする素振りはまるでない。ただ、純粋に食事を楽しんでいた。
「……美味い、のか?」
虫を食べるルルの姿が、あまりにも可愛らしく、美味しそうに見えたため興味が沸く。普段から食べてるであろう物に対して、ここまで笑顔になるのだ。絶品だろうと期待しても仕方がない。
悲しいことに、勇者一味の食事はお世辞にも良いものだとは言えなかった。
王宮から支給される報酬はちゃんとあるのだが、クレス以外の面々は食欲というものが存在しないかのように、酒場で安酒を飲んだり最低限の食事しかしていなかった。
もちろん、クレスが自分の報酬を自由に使うことを止めるほど〈勇者〉たちは口煩くなかったが、四人のなかでクレスだけが金遣いの荒い輩と噂されるのを避けたかったというのが大きい。
「えぇ、言ったじゃないですか。美味しいって。少しは信用してくださいよ。毒虫を食わせようとしてるわけでもないんですし」
「君らがどうかは知らんけど、オレたちは好き好んで虫を食う習慣がなくてね」
「えー?けど、人間もエビとかカニとかは食べるじゃないです?」
「……同じなのか?そのイモムシの仲間とエビのような甲殻類は」
「見た感じは」
嫌そうな顔をし続けるクレスに対し、ルルはフォークでイオマムシを刺してクレスの顔の前に持って行った。
「はい、あーん」
「……え?」
「だから、あーんですよ。何事も挑戦です。美味しいですって」
どうやら何としてでも食べさせたいらしい。しかし、興が乗らない。どうしてもである。
「そう言えば、サフラ地方ではセミやハチを素揚げにして食べる文化があるって聞いたことがあります。ほら、だから食べて食べて」
「そんな東方の田舎の話をされても」
「えい!」
隙あり!と言う感じに、フォークをクレスの口の中に押し込んだ。
クレスは根負けを認めたように、不本意ながら咀嚼する。
「……(もぐもぐもぐ)……(飲み込む)……意外にありだな」
「でっしょう!!流石はクレスさま。ちゃんと実食して判断される。えらい!」
「(強引に食わせたくせに)……しかし、確かに美味かった。前に王宮料理店で食べたオイスターに似てる」
「へぇー。牡蠣ってこんな味なんですか。俄然、興味沸く」
「王都で食ったら1個2000ギルはすると思うけど」
「2000!?それはボッタクリでしょ!?ウチならこの皿で800ギルくらいですよ!!」
「オレにそんなことを言われても困る」
そう言いながら、クレスは2匹目のイオマムシを口に入れる。
その仕草をルルは若干物惜しそうに見たが、すぐに笑顔になっていた。