#1 諦めた方が
日曜日 午後九時
「やっぱりまたか……」
オニオンこと野間 貴俊はイベントの度に闘う相手に辟易していた。
『シャイニングセイバーオンライン』
アジア、欧米で人気のオンラインゲームで、日本国内でもいくつもサーバーが作られている人気ゲーム。
トーナメントイベントが開催されているそのオンラインゲーム内では観覧者も二人のプレイに注目していた。
オニオンが闘う相手の名はフージン。
風神を文字っているのか素早い動きのヒットアンドアウェイの格闘スタイルでじわじわ削ってくる闘い方だ。
オニオンは弓と魔法で相手との距離を保ちながら近距離戦を避ける闘い方だった。
今までの戦績は五分五分、フージンの動きを読んで予測で攻撃を放つ闘い方をしているため、その予測がハマれば勝ち、外れれば負けていた。
「苦手なんだよぁ、ちょこまかと…。でも対策はしてるし、攻め方変えるから今度は勝てるかな…」
その頃
殺風景な部屋の隅にあるパソコンデスクに座りながら薄ら笑いを浮かべている女性がいた。
「フッフッフ、やっぱりオニオンね。また一撃も食らわずに倒してあげるわ!」
フージンこと速水 綾は優勝する気満々で飲みかけの炭酸水をグイッと飲み干した。
試合開始、円形に作られた闘技場の端にすぐに移動を始めるオニオン。
それを追いかけるように移動するフージンは直線とジグザグの動きを繰り返していた。
「やっぱり前回と同じ動きで来た!」
オニオンは笑った。
端へ移動するのをすぐにやめた彼はフージンに向かって走った。
「っ!!はっ!?何?」
フージンは焦った。
オニオンがいつも通りに端から攻撃してくると思い、移動の事しか考えていなかったからだ。
近付いてくるオニオンに咄嗟に攻撃をしようとした為、思わず強攻撃をしてしまう。
そしてそれはただの空振りとなってしまった。
強攻撃を空振ったフージンは隙だらけだ。
「よし!!」
すぐにオニオンは攻撃的体勢に入る。
『連続撃ち』
弓矢のスキルがヒット。
「このっ!!」
フージンは前方に移動しながら攻撃出来るスキルを使った。
『飛び膝蹴り』
「今だ!」
オニオンはこの時の為にスキルを割り振ったボタンを押す。
『ウォールガード』
一回の戦闘で一度だけどんな攻撃も防ぐことが出来るガードスキルをオニオンは使う。
攻撃を防ぐオニオンの壁は壊れたがスキルを使った後のフージンはまたもや隙が出来ていた。
「好みじゃなかったけどやっぱり付けておいて良かった!」
『剛弓』
少しの距離しか矢は飛ばないが弓スキルの中で威力が一番高いスキルを放った。
ダメージを食らったフージンは仰け反り、その隙にオニオンは追撃を食らわせ、勝負は決した。
オニオン、無傷の勝利であった。
「よし!よしよし!!!」
貴俊はパソコンの前でガッツポーズをした。
「くそ!!腹立つ!!」
綾は髪の毛をわしゃわしゃとかきむしり、冷蔵庫に入っていたビールを取り出しては一気飲みをした。
翌朝
「……頭痛い」
目を覚ました綾はガンガンと表現出来る頭痛に見舞われていた。
綾は特に酒が強いわけでもなかった。
「み、水…」
辛く苦しくも重々しく起き上がり冷蔵庫に向かった。
ペットボトルの水を一気飲みした綾は昨夜の事を思い出しては腹が立っていた。
「まさかあんな攻め方をしてくるなんて、驕ってた自分に腹が立つ!そうよ!オニオンがまた同じように来るなんて決まってないじゃない!」
綾は水が入っていたペットボトルを握り潰し、ゴミ箱に捨てた。
「次は絶対に勝ってやるんだから!」
貴俊は目覚まし時計で設定した時間よりも早めに目を覚ました。
いつもならもう少し寝たいと思う目覚めだが、バチッと目が覚めてからはもう眠くなかった。
「うっ、うぅーーん…」
貴俊は起き上がり、伸びをした。
鳴る前の目覚ましを解除してからキッチンに向かい、食パンをトースターに入れる。
冷蔵庫から牛乳を取り出しコップに注ぎ、テーブルに置き、食パンが焼けるまでスマホをいじっていた。
SNS上では称賛のコメントが多く送られてきており、特に親しく頻繁に連絡している人達にはコメントを返していた。
「…久々にいい朝だなぁ」
貴俊は幸せだった。
焼き上がったパンにマーガリンを塗り、止まることなく食べ進めた。
会社に出勤した綾は苛立っている。
その様子を察した者達は出来る限り関わらないようにしようと心に決めていた。
「おっはようございまーっす!」
そこに貴俊が上機嫌に出社してきた。
「…バカ!」
すぐに近くの社員が小さな声で注意をしたあと、綾のいる方向に首を振った。
「もしかして機嫌悪いんですか…?」
「あぁ、今日は目立つなよ」
「はい…」
そのまま目立たないようにデスクに座った貴俊だが、すぐにそれが無駄になった。
綾はデスクにある書類に目を通していた。
「……野間ぁ!!」
怒られる時の呼び方で貴俊は綾から呼ばれた。
「は!はいっ!!」
貴俊は綾のデスクに向かう。
「…あのさぁ」
「はい…」
「これ!ここのミス!!何回同じミスをすれば覚えるの?のろまの野間よぉ!!」
ガッツリとしたパワハラだった。
「すみません!すぐに直します!!」
「ふざけんじゃねぇよ!」
綾はその書類を貴俊に投げつけた。
ガッツリとしたパワハラだった。
フロア内でヒソヒソと話が始まる。
「ミスする野間も悪いけどあれは無いよなぁ…」
「なんで野間さんって我慢してるの?」
「さぁ?俺ならキレてるね」
フロア内は静かだったため、それらは全て綾の耳に入っていた。
「しまった…、イライラを持ち込んじゃった」
すぐに後悔した。
とぼとぼと歩く貴俊の後ろ姿を見ては
「後で謝っとこう」
と強く思った。
オニオンとフージンは同じ職場だが当然ながらお互いにお互いを知らなかった。
フージンこと綾はオニオンこと貴俊の上司であった。
よって単純に綾は貴俊に負けた鬱憤をその当人に晴らしているだけという構図になっていた。
「…よし」
綾はデスクから立ち上がり
「野間、ちょっと…」
貴俊を誘った。
「…え?書類は今から直します」
「いいから、ちょっと」
「はっ、はい…」
綾は廊下に向かって歩きだし、その後ろを貴俊は付いていった。
またフロア内では
「マジでヤバいかもな、野間」
「説教?」
「あーあ…」
ヒソヒソと話が始まっていた。
廊下
「ごめん!」
「えっ?…えっ?」
綾は貴俊に謝罪していたが彼はそれに戸惑いしかなかった。
「ごめんなさい、そこまで怒るようなミスではなかったの…」
「い、いえ、ミスはミスですから。蓄積されたものでもあると自覚しております。申し訳ありませんでした、今後気を付けますので…。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
上司と部下がお互いに頭を下げるという奇妙な光景になっていた。
「ううん、違うの。私は仕事とプライベートを分けらないでいてしまったの…」
「……何かあったんですか?」
「ちょっと……」
綾はバツが悪そうに斜め下を向いた。
さすがにゲームで負けたからとは言えなかった。
「…そういうことでしたら僕の挨拶も社会人としてなっていませんでした。すみませんでした」
「良いことでもあったの?」
「…ちょっと」
さすがにゲームで勝ったからとは言えなかった。
「そう……。あっ、彼女出来たとか!?」
綾は急に目を輝かせた。
「い、いえ!そ、そういうのではないんですけど…」
それに少し身を引いた貴俊はしどろもどろに答えた。
「何?女に興味無いの?野間は顔はいいんだからいけると思うんだけど」
腰に手をあてた綾は眉をしかめる。
「興味無いことはないですよ、そりゃ」
「顔はいいって言ったことは否定しないんだね。じゃあ、今好きな人は?」
「まぁ良い方だとは思ってます。好きな人はいますけど……」
貴俊は綾からの誉め言葉を受け入れていた。
「なんか腹立つな。で?告白は?」
「出来ないです」
「…してないでもしないでもなく、出来ない?…はっ?何で?」
綾は信じられないという表情で貴俊を問い詰める。
「…僕の事より速水さんはどうなんですか?彼氏は?」
「…いない」
綾は斜め上を向いた。
「好きな人は?」
貴俊からの質問に今度は真っ直ぐ見て
「黙秘」
と答えた。
「…ってことはいるんですね」
「……黙秘」
「いや、無理ですよ。その返し方は。うちの会社の人ですか?」
「黙秘する!!!」
「うちの会社の人なんですね……」
貴俊は少し悲しげな表情を浮かべた。
「はい!仕事戻るよ!さっきの直しはすぐにね!!」
「…はい」
「声が小さい!」
「はい!すぐに直します!」
「よろしい!」
綾はフロアに戻っていった。
「社内にいないって言っちゃったらそこで終わっちゃうじゃない…、バカっ!」
そう呟きながら自分のデスクに戻った。
「告白出来るわけないよな…、情けない所しか見せてないのに。でも彼氏はいないけど社内に好きな人がいるのか……」
貴俊はまたとぼとぼと歩き出した。
「諦めた方がいいのかな…」
貴俊も自分のデスクに戻っていった。