Episode:99
「先輩、早くしないと間に合わなくなりません?」
「でも……」
逃げ場が見つからなかった。
「……もしかしてこれ、臭ってる?」
「いや、そうじゃないんだ!」
最後の最後で、また墓穴を掘った気がする。
「ならいいけど。
ともかくサイズのことがあるから、着てみて。合わなかったら、また考えなきゃだし」
「………」
それ以上拒否できず、私は白衣を受け取った。
「向こうに……行っててくれ」
「そりゃもちろん」
イマドを空いていたベッドから追い出し、カーテンを閉め、服を脱いで白衣に袖を通す。
「どぉ? あ、似合うじゃない」
カーテンの隙間から覗き込んだ主任が、満足そうな声をあげた。
「いい感じ。でも、髪はまとめなきゃね」
彼女が言いながら、いきなりカーテンを全開にする。
「ちょ、ちょっと、待っ、急に……」
「何慌ててるの? もう着替えちゃってるんだから、別にいいでしょ」
主任はそう言うが、恥ずかしくてたまらない。ただでさえスカートの類は嫌なのに、事もあろうに看護士の格好だ。
見るとタシュアが、これ以上はないと言うほど、面白そうな表情だった。
何か腹が立って、手元の枕を投げつける。
「突入の演習ですか? まぁそれにしては、ずいぶんと的を外していますが」
分かっているくせに、そんなことを言う。
「でもマジ、似合ってますよ、先輩」
「え?」
イマドの言葉は、嘘ではなさそうだった。口の上手い後輩だが、今はなんとなく、本当にそう思っているように見える。
「おかしく、ないか?」
「ええ、ぜんぜん。病院の人だっても、たぶん誰も疑わないですよ」
「そうか」
我ながら単純だが、少しほっとする。ここの職員と同じに見えるなら、そんなにおかしくはないのかもしれない。
主任が心配そうに、声をかけてきた。
「ウエストとか、きつくない?」
「ウエストより、胸が……」
腰周りはいいのだが、胸周りがぎりぎりだ。
「――なんか、ちょっと悔しいわね」
「え?」
主任が何か不満そうだったが、理由は分からなかった。
「まぁいいわ、ちゃんと着られてるし。
じゃ、そろそろ行く?」
「ああ」
まとめてあった荷物を、もう一度持ち直す。
「じゃぁ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
どこかへちょっと出かける、タシュアのそんな感じの見送りを背に、病室をあとにした。