Episode:98
◇Sylpha
「移る準備、出来たわよ」
例の主任看護婦が、部屋に入ってくるなりそう言った。
「そうですか。二人とも、準備はいいですね?」
タシュアに言われて、私もイマドも無言でうなずく。
「シルファ、これを。イマドは自分の武器があるようですが?」
自分のショートソードを差し出しながら、タシュアが問いかけた。
「あ、はい、俺バッグん中に持ってます」
帰省先からまっすぐここへ来たのが、幸いしたらしい。
まぁバッグの中に武器というのは、物騒といえば物騒なのだが……。
ともかく手早く荷物をまとめて、立ち上がる。
「部屋は、どこを?」
「あ、待って。そのまえにこれ、持ってきてみたんだけど」
主任が言って差し出したものに、私は絶句した。
「その、これは……」
「制服よ?」
後ろで男子2人が、こらえきれず笑いだしたのが分かる。
「患者さんに化けるのもいいけど、このほうが融通が利かない? そっちの彼も大柄だから、白衣着れば助手に見えると思うし」
返答に窮する。
少しでも作戦が成功するようにと、主任なりに考えてのことなのは分かる。そしてこれが、合理的なことも分かる。分かるのだが……。
「シルファ、せっかくの好意を無駄にするのは、よくありませんよ」
明らかに面白がっている調子で、タシュアが後ろから声をかける。
「そですよ、先輩。白衣着てりゃ俺ら、堂々と院内動けますし」
イマドの言うことは一見正論だが、こちらも要するに面白がっているだけだ。
必死に私は、理由を探して反論した。
「その、でも、きっと汚すし……返せないと、思う」
「あら、いいのよそんなこと」
主任がにこにこと返す。
「これ、あたしのなのよね。背格好ほら、割と似てるでしょ?
それにこれ、新しく買い足したからそろそろ使うのやめようかな、って思ってたヤツなの。だから、いくら汚してもだいじょうぶ」
どうも墓穴を掘ったらしく、主任の力説を招いてしまう。
「なにより、これに患者さんたちの命がかかってるんだもの。白衣の一枚や二枚、ちっとも惜しくないわよ」
崇高な精神に燃えてしまった主任に、さらにタシュアが燃料を注いだ。
「こういう場合の損失は保障対象ですから、病院か学院に言えばなんとかなるはずです。ですからもう1枚、新しいのが手に入るかと」
「あらそうなの? なら思う存分、使ってもらわなきゃ!」
クールな人かと思っていたが、この主任、意外に熱血な部分があったらしい。
「ほら、そこのあなたも、こっちの白衣着てみて」
「ほーい」
イマドが渡された白衣――こちらは医師が着るような羽織るタイプ――に、さっさと手を通した。
「うん、思ったとおりね。これなら職員に見えるわ」
「そですか?」
なんだか徐々に、逃げ道をふさがれていく気がする。