Episode:93
「――食いものだけは、忘れねぇの」
イマドが残念そうにつぶやく。
「子供たちに渡るんです。少しは我慢するんですね」
「そりゃそうですけど……」
先ほども食べていたというのに、またおなかが空いているらしい。
「これ片付いたら、なんか作っかな?」
早くも事後のことを考えている。
「買ったほうが、早くないか?」
「それ以前に、調理室が閉まっているでしょうね。
――これは渡しておきます」
タシュアはルーフェイアからの精霊を、後輩に差し出した。
「これ使ったら、毒食らいそうだな……」
手渡された精霊を眺めながら、イマドがひとりごちた。頭で分かっていても、毒々しい色合いには抵抗があるらしい。
「嫌なら、やめてはどうですか?
もっともそれを後で聞いたら、ルーフェイアが泣くのでしょうがね」
後輩がため息をつく。
「先輩、少しは気が晴れました?」
「何故私が、気晴らしをしなくてはならないのです」
「………」
面倒になったのか諦めたのか、結局イマドは無言で精霊を憑依させた。
「おそらく、毒に対して耐性があるはずです。
あなたに判断がつくかどうか分かりませんが、ともかく確認だけはするように」
「毒と炎ですね、コイツ。見た目のわりに、なんか大人しいや」
答えを聞く限りこの後輩は、きちんと精霊を扱えているようだ。
(意外、といいますか)
ふつうは自分のものであっても、扱えるようになるまでにそれなりの訓練が要る。なのに他人のものを、それを訓練もなしに扱えるあたり、天賦の才があるのかもしれない。
精霊の他には包みの中は、メモが1枚入っているだけだった。
(2159、3・7・8・12/R、E-Ex……なるほど)
傍目にはただの数字と文字の羅列だろうが、タシュアにはきちんと意味が通じる。
気づいたシルファも、メモを覗いた。
「予想通りだな」
「ええ」
彼女も上級傭兵だ。説明するまでもない。
――イマドには、説明が要るかもしれないが。
だがこの後輩も、要領はいい。既に作戦自体は、話の中から把握している。
あとは実際に動く段階で、どれほどミスをせずに済ませられるかだった。
(まぁ、問題はないでしょうが)
立てた作戦どおりに動ければ、まず間違いなく制圧できる。
なによりシルファの正上級傭兵としての力量はかなりのものだし、イマドのほうも曲がりなりにも学年次席だ。
またルーフェイアも、ミスをするとは思い難い。
絶対とはさすがに言い切れない――そもそも何事も、『絶対』などありえない――が、十中八九まで大丈夫と言えそうだ。
タシュアが視線を向けると、シルファとイマドもうなずいた。
「2人とも分かっているとは思いますが――ここでもう一度、作戦の詳細を確認します。いいですね?」
2人がまたうなずく。
それに応えて、タシュアは説明を始めた。
――万にひとつも、間違いのないように。