Episode:92
「精霊って、嫌な色してるのね」
「他のはこんな色、してないですよ。
――にしても確かに、すげぇ色だな」
主任はもちろん、精霊を見るのは初めてではないはずのイマドも、同じような感想を漏らす。
「毒がありそうだな……」
「あるでしょうね」
聞いた瞬間シルファの伸ばしかけていた手が、熱いものに触れたかのように僅かに引っ込められた。
イマドのほうも妙に逃げ腰だ。
「先輩、それ、放したほうがいいんじゃ……」
「冗談のつもりですか? それにしては少々、出来がよくありませんね」
イマドがどういう意味で言ったかは分かっているが、隙を見逃すタシュアではない。
「それに精霊については、もう学院で教わっているはずですが」
「だって俺、まだ候補生でもないんですよ」
精霊の使用が認められているのは、傭兵隊か候補生だけだと言いたいらしい。
「そんなことを言っているようでは、永遠に候補生にはなれないでしょうね」
「ひでぇ……」
延々と続きそうなやり取りに口を挟んだのは、シルファだった。
「この精霊……イマドに、だろう?」
「そうでしょうね」
タシュアもシルファも上級傭兵なので、当然自分の精霊を持っている。それにルーフェイアが必死に渡そうという相手は、ひとりしかいない。
――当人は自分で分かっていないが。
どこへ落としてきたのか、あの少女はそういう感情が見事に欠落している。
だがルーフェイアが予測どおり動いてくれたおかげで、立てていた作戦がそのまま実行できそうだった。
「主任、頼みたいことがあるのですが」
もう何度目かの頼みごとに、主任の表情が引き締まる。
「なに?」
「この2人――シルファとイマドを、向こうの病棟へ移して頂けませんか」
シルファとイマドの表情は、変わらなかった。
「向こうの病棟ねぇ……」
主任があごに手を当てて考え込む。
「部屋は空いていたはずです。出来ないと言うことは、ないはずですが」
「そうだけど、向こうは向こうの管轄だもの。訊いてみないことには、なんとも言えないわ」
思った以上に病棟間の自治権?は、独立しているらしい。
――それを気にするタシュアではないが。
「では、作戦が失敗して子供たちに何かあった場合は、そちらで責任を取ってください」
「あのねぇ……」
タシュアの毒舌に、主任が何度目かのため息をついた。
「あたしに言わないでよ。ともかく向こうの婦長に、相談はするから。
あとはその答え次第、それでいい?」
「まあ、いいでしょう」
移動できない場合は多少攻撃範囲が減るが、その時はまた別の方法を取るだけのことだ。
「そしたら、訊いてくるわ。
――あ、これもらってくわね♪」
最後に一言言い添えて、食料を手に主任が出て行った。