Episode:91
「そうするとあの子を除いて……入院してる子14人と大人3人だから、17人分でいいのね?」
「いえ、全部で18人分お願いします」
「え?」
主任の混乱したような表情を無視して、タシュアは説明を続けた。
「グラスのデザインを変えて、3つに大人用の薬を。子供たちの分は1つだけデザイン違いを用意して、それにだけ薬を入れないようにしてください。
――可能ですか?」
「それは出来るけど……でもほら、金髪のあの子が間違えて飲んだら大変よ。
一つ少ないほうが、いいと思うんだけど」
もっともな質問を、主任が問う。
だが相手はルーフェイアだ。
「ヘタに数が合わないと、かえって犯人の不審を招きます。それにグラスのデザインを分ければ、彼女はすぐ気が付くでしょう」
なによりシュマーの総領家だ。うっかり飲んだとしても効かないだろう。
「――可愛いのに、凄い子ね」
普通の人ならば大抵が抱く感想を、この主任も漏らした。確かにルーフェイアは、外見だけなら華奢で儚げな少女だ。
――もっとも学院生は、そういう者が多いが。
タシュアやシルファ、イマド、また他の学院生も皆、ひと目で「戦闘要員」と分かることは、まずない。
「いずれにせよ、その方向で話を進めて下さい。
何か問題が生じた場合は、連絡して頂ければ出来る範囲で対処します」
「わかった、そうするわ」
主任が身を翻し、後ろ向きに手を振って病室を出て行きかける。
その背へタシュアは訊いた。
「何か忘れてはいませんか?」
「あ、忘れてたわ」
答えながら彼女が、なにやら畳んだ布を差し出す。
「はいこれ。例の部屋の床頭台に、置いてあったわ」
出されたのは、どう見てもただの布だ。ただ、中に何かが挟まっているようだった。
「これで全てですね?」
「他には見当たらなかったわ。まぁ、見つけられなかったのかもしれないけど」
「そうですか」
包み?を受け取って、無造作に開く。
「だ、大丈夫? 爆発なんて……しないわよね」
「大丈夫です」
仮にもルーフェイアだ。素人が触るだろう物を、危険なまま置くはずがない。
果たして中から出てきたのは、爆発などありえない物だった。それどころか一見すると、ただの透き通った石としか思えない。
「何、これ?」
初めて目にしたのだろう。主任が首をかしげる。
「精霊です」
答えに、彼女が目を丸くした。
「へぇ、これが……」
確かに一般の人間が精霊を目にする機会は、少ない。
タシュアはクリスタル塊に似た状態の精霊を、手にとってかざしてみた。
(珍しいもののようですが……)
炎属性なら赤、土属性なら薄茶といったように、この状態になった精霊は、その属性の色をうっすらと帯びる。
だがこの精霊が帯びている色は、なんとも言いがたい色だった。
緑がかった紫、とでも言うのだろうか? ともかく同じ紫でも、シルファの澄んだ瞳の色と違い、かなり毒々しい雰囲気に仕上がっている。