Episode:90
「それじゃ、何に使うの? 売りさばくなんてことは、言わないでちょうだいね」
「勝手な憶測で物事を判断すると、場合によっては命にかかわるミスを犯しかねませんよ」
「あなたねぇ……」
険悪になり始めた雰囲気に、シルファが慌てて間に入った。
「その、そういう意味じゃ、ないんだ」
「じゃぁ、どういう意味?」
刺々しい口調に、シルファが思わずくちごもる。
だがタシュアが言うより早く、それまでやりとりを眺めているだけだった後輩が、するりと会話へ紛れ込んだ。
「テロリストに食事持ってく時って、よくクスリ入れるんですよ」
「そうなの?」
「学院の教科書、そう書いてますよ」
後輩の答えに、今度はシルファが怪訝な顔になる。
「イマドの学年の教科書に……載っていたか?」
「あ、上級傭兵の先輩の教科書です」
「――違反じゃないか」
シルファの言うとおり上級傭兵の習う内容は、候補生までにしか公開されない。
「まぁ、これは聞かなかったってことで♪」
いつもながらこの後輩は、いい加減だ。
(誰かは、見当がつきますがね)
もっともその気になって過去のテロ事件を調べれば、この方法が何度も使われいていることはすぐに分かる。
(教える側だと言う割には、いつもながら無意味なことを)
学院にしてみれば外――特にテロリスト――に知られないための規制だと言うが、調べることが可能な以上、ほとんど規制の意味はない。
主任のほうは既に、どの薬品を使うか思案しているようだった。
「あれはちょっとキツすぎるだろうし……こっちは時間がかかるし。まさか導入剤じゃダメだろうしねぇ。
あ、でも、ちょっと待ってよ」
何を思ったのか、不意に彼女が言葉を投げた。
「何か?」
「食べ物持ってってあげるの、犯人じゃなくてチビちゃんたちよ? それに眠剤混ぜても、意味ないと思うんだけど」
こういう事件は初めてにもかかわらず、意外に鋭い。看護をするなかで培われた、観察眼なのだろうか。
ともかくタシュアは答えた。
「犯人のほうは、上手くいけばで構いません。確実に飲ませなくてはならないのは、むしろ子供たちの方です」
「え――」
「騒がないように。犯人たちに聞こえます」
制してから、もう少し細かく説明する。
「突入となれば、少々手荒なやり方を取らざるをえません。これに関しては上級傭兵はもちろん、人質の子供たちと一緒にいるルーフェイアも、同じです。
ですが大人と違って、子供は容易にパニックに陥ります。そうなれば、しなくて済む怪我をする子が出るでしょう」
ましてやあの倉庫は狭い。万一子供たちが暴れでもすれば、いくらルーフェイアでも犯人に近づけない恐れさえある。
「気は進まないでしょうが、誰か責任者に話をして、ミルクに睡眠薬を混ぜてください」
「――わかった、話してみるわ」
どうやら主任が納得した。