Episode:89
(人を見かけで判断すると、ロクなことにならないのですがね)
そのツケは後ほど、犯人たち自身が支払う羽目になるだろう。
その後もしばらく、病棟内はざわついていた。どうも中へ入ったルーフェイアが、またひと騒動起こしているようだ。
じき、看護士の動きが激しくなる。
「今度は、何が……始まったんだ?」
「なんか、ミルクっつってるみたいですよ?」
同じ言葉をタシュアの耳も捉えていた。他にも切れ切れに聞こえる単語を合わせると、「子供たちにミルクと食べ物」と言うことらしい。
「連中、チビらの面倒、見る気になったっんですかね?」
「テロリストの態度が変わったと言うよりは、ルーフェイアの要求が通ったのでしょう。
ここまで来て、彼らが態度を変えるとも思えませんから」
他人のこととなると向こう見ずなルーフェイアだ。中へ入った途端に自分の身のことなど忘れて、要求を出したに違いない。
そのうち例の主任看護士が、この部屋へも来た。
「ごめんね、食べる物持ってる?」
タシュアがうなずく。
「一応、あります。
――この話は、ルーフェイアの要求ですか?」
「え?」
訊かれた主任が怪訝そうな表情になった。この辺りのことは、さすがに知らないらしい。
そもそも犯人側も、こういうことはあまり告げないだろう。
「いえ、こちらのことです。それよりこの件に関して、犯人はなんと言ってきていますか」
「『赤ちゃんにミルクをよこせ』って言ってきたんだけど、他の子もいるでしょう? だから入院患者さんから、お見舞いのお菓子とかを集めてるのよ。
一緒に渡しちゃえば、まさかダメだとは言わないだろうし」
「なるほど……」
こういった患者に関することは、とっさでも頭が回るようだ。
(さすがに、看護のプロということですか)
ともかくこれで、子供たちも飢えた状態から開放される。
「それで悪いんだけど、食べる物、どこ?」
「そこの台の上の、紙袋がそうです」
言いながらのタシュアの視線を受けて、シルファがその紙袋を看護士に手渡した。
「ありがと、助かるわ。これだけあれば、何人分かになるだろうし」
主任が中身を見ながら、安心したように言う。
その彼女へ、タシュアはまた質問した。
「ところで子供たちには、何か飲み物も渡すのですか」
「赤ちゃんの粉ミルクがあるから、それを牛乳代わりにあげるって言ってたわ」
答えに、視線を落として僅かに考え込む。
(――使えますかね)
カウンターテロでよく使われる方法が、ここでも実行できそうだった。
主任へ視線を向けなおす。
「睡眠薬は、病棟にありますね?」
彼女の表情が、やや険しくなった。
「確かにストックはあるけど……あげないわよ。だいいち、ドクターの許可が要るんだから」
「欲しいなどと、私は一言も言っていませんが」
毎度のタシュアの毒舌に、主任がため息をつきながら訊ねる。