Episode:88
◇Tasha Side
唐突に爆発音が響いた。
シルファがはっとしたように顔を上げる。
「今のは――!」
「普通なら突入のための陽動でしょうが――時間が早いですしね。
恐らく、上級傭兵がどこかに待機するのでしょう」
何か行動を起こす際には、相手の注意を逸らすのが常套手段だ。
案の定、いくらも経たないうちに次の行動があった。
「来ましたか。割合まともな人間が作戦を立てたようですね」
外の投光器が消えたのだろう、外が暗くなっている。
だが偶然全ての投光器が消えることは、まずありえない。つまりこれも――故意だ。
「このやり方、イオニア先輩か……?」
シルファがとある女性上級傭兵の名前を挙げた。確かにタシュアの知る限りでも、彼女は緻密な戦術を立ててくる方だ。
――とんでもない性格だが。
「いまのうちに、どこかへ潜入するんだろうが……やはり、屋上か」
「そこと、非常口の外とでしょうね」
言いながら耳を澄ます。
開けておいた窓――イマドは嫌がったが――から微かに、羽音が聞こえた。どうやら巨鳥が何羽か、屋上へと到達しつつあるらしい。
そこで待機して、時間になったら懸垂降下、という作戦なのは間違いなかった。
(――編隊で来ては、隠密とは言い難いのですがね)
とは言え巨鳥で運べる人数は限られているし、かといって少数で往復していては、やはり見つかり易くなる。最善とは言えないが、おおむね次善の策だ。
「――速ぇ」
何故か壁のほうへ視線を向けていたイマドが、感嘆の声を漏らす。
「ルーフェイアなのか?」
シルファの問いに後輩がうなずいた。
「もうあいつ、病室に潜り込みましたよ」
どこをどう見てそうなるのかは分からないが、嘘ではなさそうだった。ともかくこの後輩は、ルーフェイアのことならよく把握している。
「おかしな見つかり方を、しないといいのですがね」
「まぁあの子なら、大丈夫だろう」
珍しくシルファが言い切った。彼女も以前任務を共にして、あの少女の実力は知っている。
(さて、どう出ますことやら)
そのまましばらく待っていると、いきなり大きな物音が響いた。
「意外に、豪快なことをするな……」
「イザやるとなると、あいつけっこームチャしますって」
「確かにそうだが、それにしても、もう少し……」
廊下では当然のことだが、不審者を咎めるテロリストの声が上がっている。
「誰だっ!」
だが驚いたことにそれを、別の声が遮った。
「待って! 病室はあたしが行くわ」
例の主任看護士だ。
その後しばらくやり取りがあって、ルーフェイアはどうやら思惑通りに連れていかれたようだった。
太刀の方も、なんとか持っていけたらしい。
(しかし、無計画といいますか)
この状況で堂々と太刀を持っていこうというのだから、ある意味たいしたものだ。
その一方であの少女は、他人が自分をどう見ているか意外によく把握している。普通はあの華奢な身体で猛然と太刀を振るうなど、想像も出来ない。