Episode:85
「鳥を降下させる。降りる用意を」
「了解」
巨体が中庭も越えて、少し高度を下げる。
瞬間、あたしは金具を外して屋上へ飛び降りた。そしてすぐに、懸垂降下の準備に入る。
先輩がどうしたかは、見る暇はなかった。ともかく作業を早く済ませないといけない。
あらかじめ用意しておいた金具を柵に噛ませて、その先に繋がるロープをなるべく真っ直ぐ下へ投げる。同時に柵を乗り越えて、降下用の金具とロープも繋いだ。
1回だけロープを引いて、外れないか確かめる。
――よし。
確信のある手ごたえが来て、あたしは即座に降下に入った。降りるのは2階分だから、すぐだ。
目的の高さで昇降用の金具を操作して止まって、侵入に使う窓を確かめる。
――よかった、開いてる。
可能なら開けておいてくれるという話だったけど、上手く時間が取れたらしい。
もちろん開いてない時のために、ガラスを切る道具なんかは持っている。でも使わなくて済むほうが、ぜったい良かった。
そっと窓に取り付いて、降下用の金具をロープから外す。その間にちらっと見た部屋の中は真っ暗で、ドアの外にも人の気配はない。
少しほっとしながら、音を立てないようにしてすべり込んだ。
次いでドアから死角になる位置に移動、気配を殺して――もっともこれはいつもだけど――周囲を覗う。
病院の中は少しざわついていた。外の爆発音と投光器が消えたのとで、さすがに犯人グループが警戒してるらしい。
けどそれも、待つうちに引いていった。
「爆薬を暴発させるなんざ、シエラの傭兵隊も大したことないよな」。そんな声が、かすかに聞こえてくる。
――いいかな?
そっと背中の布包みを降ろして、ほどいた。バックパックにしなかったのは、この方が隠す手間がないからだ。
中身を全部出して、布を丁寧に畳む。それに用意しておいた精霊とメモを挟んで、枕元の台の上に置いた。
上手くいけば、看護士さんが見つけてイマドたちに届けてくれるだろう。それにこれだけなら、万が一犯人たちが見つけても、使い道も意味も分からない。
それから、あたしは着替えに入った。
まず暗緑色の、フード付きの上着とスパッツを脱ぐ。あとは上に、持ってきた丈が長めの長袖Tシャツとガウンを羽織るだけだ。
下は暗緑色の下に黒のスパッツを重ね着しておいたし、履いてきたのも室内履きに似せた靴だから、代える必要はない。
脱いだものも畳んで、これはマットとベッドの隙間に押し込む。押し込んだのは足元のほうだから、掛け布団が邪魔になって簡単には見つからないはずだ。
太刀は……いろいろ考えたけど、そのまま持っていることにした。あとは上手くごまかせることを、祈るしかない。
ともかくこれで、偽装?は完了だった。
気配を殺したまま、また部屋の外を覗う。
誰にも気づかれた様子はない。これなら予定通りに行けるはずだ。
ひとつだけ、大きめに息をする。そして思い切ってサイドテーブルを蹴飛ばした。
室内はもちろん、廊下にまで大きく物音が響く。
「今のはなんだっ!」
怒鳴り声がして、足音が近づいてくる。
――撃たないでくれると、いいんだけど。
防御魔法を唱えながら、そんなことを思った。撃たれてケガをするわけじゃないけど、やっぱりあんまり気持ちはよくない。
けど意外にも、次に上がった声は女の人のものだった。