Episode:84
時間は少ない。
ミスもできない。
もっともロープを用意して降下体勢に入ってしまえば、見えるのは病室からだけだ。そこから先は投光器が点いていてもいなくても、見つかる確率は変わらない。だからどうにか間に合うだろう。
それにもう金具とロープは、できる限り接続した状態にしてある。
「OK、じゃぁこれを」
「はい」
出された装具――巨鳥の鞍に繋げてある――を身体にかけて、しっかりと締める。急な旋回なんかはないだろうけど、ぜったい落ちるわけにいかない。
先輩がどんな表情をしているかは、あたしからは見えなかった。
「掴まったわね? そうしたら、目をつぶって」
「分かりました」
投光器がない状態での屋上は、そうとう暗くなるはずだ。そこへ明るい場所に慣れた目で飛び込んだら、まともに動けなくなる。
しっかり目を閉じてから、顔を腕と機体に押し付けた。これも、見つからないようにするためだ。
あたしの肌は白いから、夜はとくに目立つ。けど潜入して「患者だ」と言うためには、顔を汚してしまうことができない。だからこうして隠すしか、方法がなかった。
ただ服やグローブはもともと暗緑色だし、鳥の身体も黒いし、髪はフードの下に入れ込んでしまったから心配ない。
「――5分前だ」
誰かが告げる声――たぶんウラグ先輩――がした。
巨鳥が一斉に、翼を広げる。
「ここから垂直に上昇、病院屋上の高さまで合わせてから水平飛行に移るわ。潜入する病室はこの真っ直ぐ前方だから、進路もこのまま真っ直ぐ。
ただ病室自体はここから見て、中庭の向こう側。だから降りたら、真後ろから降下よ。いいわね?」
「はい」
目を閉じたまま答える。打ち合わせ済みのことだけど、確認は多いほどいい。
そして息詰まるような時間の後。
「――お嬢さんたち、行くよ」
巨鳥の騎手さん(?)が声をかけてきて、身体が下へ押し付けられるような感覚が来た。
けど目を閉じているから、周りがどうなっているかは分からない。
「大丈夫かい?」
心配してくれたんだろう、騎手さんがまた声をかけてくれる。
「はい、大丈夫です」
「OK。そろそろ水平飛行に移る」
同時に下へ押し付けられる感覚がなくなって、風が前から来た。病院までは、あと少しのはずだ。
と、耳を突き刺すような爆発音が響いた。
駐車場に待機しているグループが、予定通りに欺瞞行動を開始したんだろう。
これでたぶん報道関係者も野次馬も、そっちへ気を取られて病院は見ない。そこへ更に、投光機の消えた暗闇が重なる手筈だ。
案の定、少ししたところでまた声がかかる。
「投光器が消えた。目を開けて」
「はい」
言われたとおりにする。投光器が消えてしまえば、目を開けても問題ない。
もう屋上は目前だった。
巨鳥がギリギリのところで柵を越える。
――あの窓なんだ。
中庭の向こう側、ちょうど正面にひとつ、明かりの点いていない窓があった。
その位置を頭に叩きこむ。