Episode:82
「ええ、今のところはもうありません。
それから潜入の件ですが、他言無用に願います」
「わかった。婦長だけにするわ」
「そうしてください」
その言葉にうなずいて、主任が部屋を出てく。
「――それにしても、ルーフェイアも思い切ったことをするな」
「まぁ、あいつですから」
シルファ先輩の言葉に、俺は答えた。
ルーフェイアのやつは確かに大人しくて繊細だけど、反面とんでもないことを平気でやらかすことがある。
ただ、そうなる条件はひとつだ。
――それがいいとこなんだけどな。
タシュア先輩辺りからすると「甘い」ってことになるんだろうけど、俺はあいつのそゆとこは嫌いじゃなかった。むしろ感心してる。
世話はやけるし常識知らずの泣き虫だけど、ルーフェイアのやつは優しいことにかけちゃ、右に出るやつはない。
それで人が助けられるってんなら――あいつは間違いなく、自分の命さえ差し出すだろう。
もっとも俺としちゃ、それは願い下げだったりする。
それからひょいと時計をみると、今度の連絡時間の5分前だった。
「――タシュア先輩、なんか外に言うことあります?」
いちおう訊いてみる。
「そうですね、第一段階のナースステーション内の確保は、私たちでやると伝えておいて頂けますか」
「言っちゃっていいんですか?」
さすがに訊き返す。
そりゃ、3人して最初からやる気なのは確かだけど……。
「彼らに一番近いのは、中にいる私たちですから当然でしょう。
あとでシルファとイマドは、口実を設けて向こうの病棟に移ってください。そうすれば、両方のナースステーションを同時に攻めることができます」
さっき「一網打尽」ってたのは、どうもこのことらしい。しかも最後に残ったチビらの話も、ルーフェイアのやつがくるってんで片が付いたから、マジでひとまとめに終わらせられるだろう。
――しかしなぁ。
テロリストの連中も運が悪いっつーか。
成功させたいからケンディクで起こしたんだろけど、よりによって中にこんな先輩抱えちまうなんざ、死にに来たようなもんだ。
もっとも死にたくなきゃやらなきゃいいわけで、その辺から絶対間違ってる。
実言うと俺自身、あの連中にはけっこームカついてた。
「ワサール開放」は、一応分かる。んで変えるためになんかしようっつーのも、分かんなくない。
けど連中、ワサール以外の人間は、虫けらと同じ扱いだ。その想いがさっきから、ガンガン俺には伝わってくる。
正しいのはワサール、悪いのはロデスティオ、ついでにそれを知らんふりしてる他の国の連中も、同じ悪人って考え方だ。
――冗談じゃねぇっての。
ンな理屈で、こっちの命を秤にかけられる筋合いなんざ、あるわけない。
ましてや病気のチビ連中人質にして、場合によっちゃ見せしめに殺してみようなんつー話、100歩どころか1万歩譲ったって許容範囲外だ。
まぁそのツケは、当人で払う羽目になるだろうけどな……。