Episode:06
「ルーフェイア、そんなに海がいいのでしたら、泳いできてはどうです?」
「え、でも……」
タシュアの冗談――もっとも声音はいつものまま――を真に受けて、この子が困り果てた。
意外だが、ルーフェイアは泳げない。どうやら育った戦場では陸戦ばかりで、泳ぐ機会は全くなかったらしい。
もちろん学院へ入学してからは、イマドや私に教わって必死に練習しているが、それでもまだ「支障なく」とはいかなかった。
「いい加減に覚えたらどうです。
どこかで川にでも落ちたら、助かりませんよ」
この一言で、またこの子が泣き出した。
うつむいて唇を引き結んで、必死に泣くまいとしているが、意に反して涙はこぼれるばかりだ。
どうも泣かされ続けて、自制が効かなくなっているらしい。
「タシュア……その辺に、したらどうだ」
さすがに一言言う。
本来の年よりずっと幼い見かけの、ルーフェイアだ。こうしていると完全に、タシュアが小さい子をいじめているようにしか見えない。
だが、船の中でも気にする生徒はいなかった。相手が「タシュア」なのと、これが日常になってしまっているせいだろう。
最初の頃はそれでも、「タシュアが小さい子を泣かしている」と騒がれたりしたのだが、最近はもう他の生徒も慣れてしまったらしい。1対1で泣かされている場合は見かけた生徒が私やロア、イマド、シーモアあたりに連絡?してくれるが、誰か一緒にいた場合はほったらかしだ。
幸いタシュアは、それ以上言わなかった。ずっと泣かせているので、興味が薄れたらしい。
黙ったまま、窓の外を眺めている。
――何を見てるんだろう?
タシュアの座る左舷側は、学院のある本島だ。島を覆う緑と、その間から見え隠れする五つの塔は、いつもと同じたたずまいだった。これといって、変わったものは見当たらない。
まぁもしかすると、違う「何か」を見ているのかもしれないが……。
それからしばらくは、静かだった。タシュアは左の、ルーフェイアは嬉しそうに右の窓の外を見ているだけだ。
このまま最後まで行けば、そう思ったが甘かった。
「まったく、本当に遠足に来た1年生ですね」
外を見るのに飽きたのだろう、不意にこちらを向いたタシュアの口から、また毒舌が飛び出す。
「すっ、すみません!」
言葉に過剰反応して、この子が身をすくめた。
「同じ事を何度言わせるつもりですか?」
「………」
またもやルーフェイアが泣き始める。
「やれやれ」
そう言ってタシュアはまた視線を戻したが、この子が泣きやんだわけではない。
――やれやれと言いたいのは、こっちなんだが。
そんな思いと共にため息をつきながら、私はルーフェイアの頭を撫でるだけだった。