Episode:48
「それで……どうするんだ? それより、何が起こったんだ?」
「テログループによる占拠、というのが、いちばん可能性が高いでしょうね。
銀行ならともかく、病院のしかもこんな高い階で強盗と言うのは、現実的ではありませんし」
「この国でか?!」
ユリアスはともかく平和な国だ。中でもケンディクは、気候も温暖だし、犯罪率も低い。だから観光客も、よほどの場所でなければ安心して出歩ける。
その街で、テロなど……。
「世の中絶対ということはありませんからね、どんなことでも起こり得ますよ。
現に、起こっているわけですし」
「それは、そうだが……でも、何故だ?」
「今の段階では、なんとも言えませんね。犯人グループが何を意図しているのかさえ、分からないわけですから」
それからタシュアが、ナースコールに手をかけた。
「だ、大丈夫なのか?」
「大丈夫なはずです」
彼が即答する。
「ここは病棟です。ナースコールが鳴るのは当然ですし、鳴ったくらいで人質を殺したりはしないでしょう。
それにこうして最初に前例を作ってしまえば、看護士が病室へ行くのを妨げることも、犯人連中はできなくなるでしょうしね」
「あ……」
この事態だと言うのに、本当にタシュアは冷静だ。
ボタンが押されて、ナースコールの音が響く。
しばらくの間があって、応答があった。
「その……なんでしょう……」
後ろから脅されでもしているのか、答えた看護士の声が少し震えている。
「点滴がもう、終わるのですが」
「あ、はい、わかりました」
どうなるかと気をもんだが、タシュアの言うとおり、じきに看護士が足音と共に病室へと来た。
「ごめんなさいね、遅くなっちゃって」
声からすると、先ほど応答した看護士とは違うようだ。
「いえ。
それより、何かあったようですが」
彼の問いかけに看護士は答ず、ただ黙って処置をする手を動かすだけだった。
その顔に、何か迷いのようなものが見える。
そんな看護士をを吟味するかのように、タシュアはしばらく見ていたが、一言尋ねた。
「病棟が占拠されたようですね」
一瞬だけ看護士の手が止まったが、答えはない。
――もっとも、それで十分だったが。
タシュアの予想は、間違いなかったというわけだ。
針を抜き終わって片付け始めた看護士に、もう一度タシュアは声をかけた。
「状況を説明していただけませんか?」
「………」
やはり看護士は何も言わない。
ただ今度はさっきと違い、少し迷っているように見えた。
それから少しあって、口を開く。
「まぁ……なんだかおおむね分かっちゃってるみたいだし、この病室は他に患者さんいないし。
でも一応、婦長に許可だけ取ってくるわ」
「わかりました」
看護士が外した点滴の一式を持って、いったん病室を出て行く。