Episode:41
シルファとルーフェイアは、まだ戻る気配はなかった。
あの2人のことだ。きっと真剣に本を探しているのだろう。
(何を持ってくるやら)
ただ歴史に強いルーフェイアと、タシュアの好みを良く知っているシルファとの組み合わせだから、それなりに楽しみでもあった。
穏やかなシルファと、その後ろをヒヨコよろしくついて歩く、ルーフェイアとの姿が目に浮かぶ。
おそらくは2人して、学院の男子生徒あたりにつきまとわれているだろう。
――気づかないだろうが。
シルファもルーフェイアも、こういうことには相当に疎い。
(それにしても……)
キエーグ場で倒れたルーフェイアの「理由」を思い出して、タシュアは考え込んだ。
精霊というのは所詮、人に「取り憑く」存在でしかない。
だがルーフェイアのあの様子は――完全に逆だ。
普段から彼女が精霊を外さないことには気づいていたが、まさか外せないとは思いもしなかった。
確かに外せば身体機能が通常に戻るため、一時的に身体がついていかなかったり、感覚が混乱したりということはある。
とは言えそれは、あくまでも一時的なものだ。時間が経てば元に戻る。
その辺りから見ても、ルーフェイアの反応は異常としか言いようがなかった。
(あれではまるで……)
憑依させているのではなく、共生していると言っていい。
――シュマーのグレイス。
代々傭兵をしているシュマー家に産まれる、少女。
産まれながらにして強大な魔力と戦闘力とを備えると言うが、それ以外にも間違いなく何かがある。
だがそれが何なのかは、さすがに見当もつかなかった。
シュマー家に関しては、タシュアは他の人間に比べればかなりの情報を持っている。1年程前に、偶然通信網上をウロウロしていたルーフェイア――どうも同室のロアに教わったらしい――を見つけて後を尾けているうち、シュマーの内部に辿りついたのだ。
その後侵入にも成功し、暇を見つけてはもぐりこんでいる。
――既に侵入者がタシュアだということは、ばれてはいるのだが。
ただそれでも何もないところをみると、どうやら分かった上で放置されているようだった。
それはそれで気に入らない。
だが、何か仕返しする気にもならなかった。こちらが何もしない限り放っておいてくれるというなら、それを最大限に活用するだけだ。
ともかくそんな経緯で、タシュアはシュマーに関する知識は人並み以上だった。
だが意外にも内部ネットでさえ、グレイスやシュマー家自体に関する情報は少ないのが実情だ。
新しい兵器やシステム方式、医療技術等々、軍関係者や科学者が見たら垂涎もののデータは、それこそ山のように転がっている。
それなのに肝心要の「そもそもシュマーとは何で、何をしているのか」と言った情報は、ほとんどなかった。
シュマー内部の者なら誰でも知っているせいなのか、過去からの年表らしきものと付随データ以外は、「いつか戻りしハインを倒すため」との記述が時折見られる程度だ。
更に「グレイスとは何か」となると、情報はほぼ皆無となる。
それこそ「産まれながらにして強大な魔力と戦闘力とを備える」ことと「何か特殊な精霊を念話している」こと、それに「ハインを倒すことができる」との話が知られているだけだ。
つまりはシュマーの人間でさえ、部外者とはいえ傍にいるためにそれなりにグレイス――ようはルーフェイア――について知ってしまっているタシュアと、同程度の知識しか持ち合わせていないようだった。