Episode:39
「あの――」
「うわっ!」
いきなり声をかけたのがまずかったのか、ひどくびっくりされた。
「す、すみません、おどかすつもりじゃ……」
「べ、べつに僕は何も……」
――この先輩、何を慌ててるんだろう?
何か困ることがあるとも、思えないけど……。
やりとりに気づいて、シルファ先輩も戻って来た。
「大丈夫か?」
「あ、はい」
「そうか。
――何か、用なのか?」
シルファ先輩が尋ねると、この男の先輩がすごい勢いで首を振る。
「なんでもない、なんでもないですっ!」
それから猛スピードで、駆け去ってしまった。
「――? なんだ、あれは?」
「なんでしょう……?」
また2人で首をかしげたけど、やっぱり理由は分からずじまいだ。
「よく分からないが……ともかく、食べるものを買って帰らないか」
「そうですね」
あの先輩のことは、保留にする。
「そう言えば、ずっとルーフェイアが言ってた気配は……あれとは違うのか?」
「はい、違います」
きっぱりとあたしは答えた。あの気配はもっと殺気立っていて……ともかく、間違えようがない。
「そうか。
――ああ、そこの店が、美味しいんだ」
「ほんとですか?」
シルファ先輩に連れられるまま、ちいさなスタンドの前まで来る。
「うわぁ♪」
確かに店の前には、美味しそうなサンドイッチの写真がたくさん貼られていた。
「どれにしよう……?」
ひたすら悩む。
あたし自身は、どれでもいいんだけど……。
しばらく悩んでいると、シルファ先輩が待ちくたびれたみたいで注文を始めた。
「すみません、これと、それと……」
タシュア先輩の分だけじゃなくて、イマドの分まで頼んでくれる。
「これだけあれば、足りるだろう?」
「あ、はい」
なにしろ先輩が頼んでくれたサンドイッチは、5人前くらいある。
それを少し待って作ってもらって、持ち帰り用の箱に詰めてもらった。
「早く帰ろう。きっとタシュアもイマドも、お腹を空かせているぞ」
「はい」
急ぎ足で病院まで戻る。
「タシュアが、逃げ出してないといいんだが……」
「どうでしょう……?」
こればかりは、行ってみないと分からない。
ただタシュア先輩は「約束する」と言っていたから、待っているんじゃないかと思った。
「診療が終わってるのに……人が、多いな」
「お見舞いの人じゃないですか?」
シルファ先輩の言うとおり、確かに病院内は人が多い気がした。けどここは500床近い大きな病院だから、お見舞いの人だけでもかなりの人数になるんだろう。
先輩の病室にいちばん近い昇降台まで行って、ボタンを押した。
病院はどこもそうだけれど、2台並んだ昇降台が2箇所にあるから、あまり待たない。
そのまま他のお見舞いらしい人たちと乗り合わせて、一番上の7階――8階は立ち入り禁止――で降りた時。
「――あっ!」
急に声をあげたあたしに、シルファ先輩が怪訝そうな顔をした。
「どうしたんだ?」
「その、あたし……飲み物、頼まれてたのに……」
「そういえば、そうだったな」
先輩も思い出す。
「あたし、今から行ってきます」
「だが、ここまで戻ってきて……」
「でも――」
イマドががっかりする顔を、見たくなかった。
「あの、やっぱり行ってきます!」
「そうか?
そうしたらイマドには、私から言っておこう」
「すみません、ありがとうございます」
お礼だけ言って、あたしはもう一度下へ向かう昇降台へ乗り込んだ。