Episode:32
◇Imad
場所替えして行った先の近くの病院は、かなりデカいところだった。
っつーか、呼んだ車の運ちゃんが、連れきてくれただけだったりする。
公立系の総合病院で、この辺じゃいちばん大きいクラスだ。建物も建築基準とやらがうるせぇこのケンディクで、珍しくそれなりの高さのビルになってる。
もっとも外観は他の建物に合わせた作りだから、ちょっと見た目じゃ病院とは思わねぇだろう。
円筒形の8階建て、あと両側に2階建ての小さいドーム――かたっぽが外来でもうかたっぽは事務所らしい――がくっついた、面白い構造だ。中も床が大理石だったり窓が大きく取ってあったり、かなり洒落てる。
ただ――めいっぱい混んでやがった。
おかげでもう、ごちゃごちゃした受付のなんとやらが終わってから診察まで待たされて、その後採血とやらで待たされて、挙句に説明聞くのにまた待たされて、だ。
――にしても、なんでデカいとこ選ぶんだろな?
総合病院なんざ待たされるばっかで、俺はあんまり好きじゃない。だいいち風邪程度だったら普通の町医者で十分だし、ヤバきゃそっからちゃんとでかいとこへ回してもらえる。
もっともここらの話は俺は叔父さんが開業医だから知ってっけど、普通はでかいとこ=いいところって考えなんだろう。
とりあえず一通り終わって、今は病室まで移動したとこだ。
――ちょいうるせぇけど。
このフロア、7階だから見晴らしは抜群だけど、向こうの病棟に小児科が入ってる。で、当然チビ連中ががなんか騒いでた。
ただ意外にもタシュア先輩、チビどもの騒ぎを気にする様子はない。
「まったく、病院だと言うのに病人を待たせるとは、何を考えているんでしょうかね」
違うとこで毒舌が相変わらずだ。
にしてもこれで39度を超える熱があるってんだから、もう人間の範疇を超えてんじゃねぇかって気がする。
とは言えその腕にはきっちり点滴つけられてるから、見かけだけは病人だ。
「んと、生理食塩水と消炎剤と……あと、なんだろう?」
実家のせいで妙に薬に強いルーフェイアは、点滴のボトル見ながら違うとこで悩んでるし。
「こんなものがなくとも、寝れば治るのですがね」
「だめだ!」
さっきからシルファ先輩は、この一点張りだ。
けどこの人がこう言うだけでタシュア先輩、きっちり大人しくしてる。
――すげぇよな。
あの教官泣かせのタシュア先輩を御してるってんだから、神業に近い。
まぁこの場合、タシュア先輩のほうがめいっぱい惚れてて、言うこと聞いてるだけかもしんねぇけど。
どっちにしたってこれが出来るのは、世界広しと言えどもシルファ先輩ひとりだろう。
――タシュア先輩を強引に一泊入院させたのも、この先輩だし。
「だいいちお医者さんも言ってたじゃないか、たかが流感でも甘くみるなと」
先輩、よほど心配らしい。いろいろ理由まで並べてる。
けど一応悪性の流感らしいから、確かに用心したほうがいいだろう。甘く見てっつと、大の男でも2・3日でくたばることがあるって、叔父さんから聞いたことがある。
「でも……もう流行、終わりましたよね……?」
ルーフェイアのやつが不思議そうに考え込んだ。
確かにこいつの言うとおり、いちばんひどかった時期はとうに過ぎてる。今年はあっちもこっちも休講やらクラス閉鎖で大騒ぎだったけど、もういいかげん下火でしばらく話も聞いてねぇし。
「それは……タシュアだし……」
「どういう意味ですか」
こいつとシルファ先輩とのやりとりに、またタシュア先輩が突っ込んだ。
にしても、よくこれだけ突っ込むネタがあるっつーか、見つけるっつーか……。
――ってそれ以前に俺、なんだってこんな場所にいるんだか。
まぁ、とことこルーフェイアのやつが、先輩たちにくっついてっちまったんだけど。