Episode:121
「どうぞ」
タシュア先輩が答えて、扉が開いた。看護士さんが入ってくる。
「あの時の……?」
「あら、よく覚えてるわねぇ。けど良かった、目が覚めたのね」
入ってきたのは、事件の夜に手助けしてくれた看護士さんだった。
今見ると、名札に「主任」と書いてある。
――それで、だったんだ。
あんな状況で、どうしてあれほど落ち着いてたのか不思議だったけど、病棟の偉い看護士さんなら納得できる。
「ずっと眠ってて、ちょっと気を揉んでたんだけど。
でも、思ったより元気そうだし」
わざとじゃないけど、ずいぶん心配させてしまったみたいだ。
「すみません……」
「いいのよ、謝らなくて。だいたい病気なんて、寝るのがいちばんの薬なんだから。
それより、気分はどぉ?」
言いながら手際よく、あたしの熱と脈とを計っていく。
「――うーん、小児のハートレートって、こんなだったかな?
まぁいいわ、あとでちゃんと、先生に診てもらおうね」
「あ、はい……」
あんまり気は進まないけど、嫌だとは言えなかった。
「大丈夫よ、うちのセンセ、別にヘンなことしないから。
それに学院の……なんだっけ? ともかく学院の先生も来て、一緒に診ることになってるし」
「ほんとですか?」
それだったら、いろいろと疑われずに済む。
「こんなことで、嘘言ったりしないわよ。
あ、そうそう、何か食べる?」
訊かれて困ってしまった。まだあんまり――食べたくない。
そんなあたしを見て、主任さんが笑う。
「食欲、なさそうね。
そしたらミルクと、何か口あたりの良さそうなもの持ってきて――あら」
言葉が途中で止まったのは、部屋に人が入ってきたからだ。
ムアカ先生とシルファ先輩と、それに……。
「――イマド!」
「よ。だいぶ良さそうじゃねぇか」
いつもと変わらない調子で、彼が入ってくる。
不意に涙がこぼれた。
「お、おい、いきなりどした」
「タシュア……また、いじめていたのか?」
「人聞きの悪いことを言わないでください。ただ本を読んでいただけで、どうやったらそんなことが出来ますか」
イマドと先輩たちとが、いつものやり取りを始める。
そう、「いつも」の。
あの時、思った。もし二度と戻ってこれなくても、構わないと。
でも……。
「ほら、泣きやめって。けどこんだけ泣けりゃ、帰れんじゃねぇか?
――ですよね、センセ」
「まぁ、大丈夫でしょうね」
イマドの言葉に、ムアカ先生が笑いながら答えた。
その様子に、よけい涙があふれる。
やっぱりあたし――今が、好きだ。
「あ〜あ、こりゃ重症だな」
なかなか涙が止まらないのを見て、イマドが苦笑しながらあたしを覗き込んだ。
光の加減で金色にも見える彼の瞳に、あたしが映る。
「――なるほど、そゆワケか」
「ごめん……」
自分でももう、何に謝っているのか分からない。
イマドがもう一度笑った。
「ま、怒るにゃ時効だしな。けどもう、ムチャすんなよ?」
「――うん」
優しい言葉に泣きながら……あたしも、笑った。
◇あとがき◇
長い話を最後まで、本当にありがとうございました。
なお現在、第11作目を連載中です。いつもどおり“夜8時過ぎ”の更新です。
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