Episode:117
午後までにルーフェイアは、目を覚まさなかった。あの精霊が言ったとおり、そうとう身体に負担がかかったらしい。
学院からは予定通り午後に、シルファやイマドと一緒にムアカが出向いてきたが、容態を確かめただけで戻る羽目になっていた。
そしてタシュアは、結局今夜もここへ泊まりだ。
どこが悪いわけでもないので、いいかげん帰っていいはずなのだが、シルファが承知しなかった。加えて例の主任までシルファに同調してしまい、そのまま退院できずだ。
とは言え入院した時と違い、シルファがここへ何冊も本を持ってきてくれている。また食料も自由に売店へ行って調達できるため、不自由せずに済んでいた。
ルーフェイアのほうは相変わらず、ほとんど姿勢も変えずに眠っている。
胎児のような姿勢だった。
何かを恐れるかのように、自分の身を守るかのように、手足を縮め身体を丸めて……。
(何をそれほど、恐れるのでしょうかね)
こういう形での恐れと言う感覚は、タシュアは持ち合わせていない。脅威が来たなら、目を覚まして退ければ済むだけ、そう思っている。
――もっとも今のルーフェイアには、それも出来ないだろうが。
なにしろ看護士が時々診回りにきても、全く目を覚まさないのだ。本来彼女はは気配に敏感なことを考えると、やはり相当のダメージを受けたようだった。
もっとも、どこかが損傷したと言うわけではないらしい。事情を知った上でルーフェイアを診ているムアカの言葉は、「寝てれば治るわ」だった。
かの精霊とやらもあっさり引っ込んだままで、出てくる様子はない。
(面白かったのですがね……)
イマドに遮られてしまったが、もう少しいろいろ聞いてみたかったと言うのが本音だ。
なにしろ人外の存在の意見と言うのは、なかなか聞く機会がない。しかも精霊というのは人間と異なるだけに、予想もしなかったような反応を示す。
ある意味では、人と話しているよりもよほど面白かった。
――それにしても。
グレイスとは何なのか、何故あれほどの精霊がグレイスなる者と共生関係にあるのか……。
眠り続ける少女を見ながら、また思いを巡らす。
放たれた制御不能の呪石を、簡単に御する力。
だがなぜかその精霊は、グレイスの支配を受けている。
(……なぜそうなるのやら)
精霊は通常、なんらかの形で従えるのが普通だ。方法はともかく、屈服させて初めて、力が利用できるようになる。
だがルーフェイアの場合は、物心ついたときには既に、あの精霊と共生関係にあったらしい。
かといってまさかそのくらいで、あれほどの精霊を屈服させるなど不可能だろう。
(結局、『グレイス』ですか)
その名を持つこと自体に何かあるとしか、考えようがなかった。
ルーフェイア=グレイス=シュマー。
華奢で儚げで泣き虫で、だが群を抜いた魔力と戦闘力とを持つ、アンバランスで脆い少女。
その時、不意に少女が目を開けた。