Episode:116
◇Tasha Side
病院の窓から既に高くなった陽を眺めながら、タシュアは退屈していた。夕べは結局、学院へ戻れなかったのだ。
どさくさに紛れて帰ろうとしたのだが、それをシルファはすかさず見つけ、病室へ引っ張ってこられてしまった。
(やれやれ……)
隣のベッドでは、昏々とルーフェイアが眠っている。
あのよく分からない状況から復帰した時、いちど正気を見せたが、その後すぐに眠ってしまった。そのためとりあえず、この病院に1泊させることになったのだ。
しかもタシュアの部屋が2人部屋で、かつ片方ベッドが空いていたために、そのままここへ寝かされている。
起きる気配は、まだなかった。
(これで、帰れるのですかね?)
今日の午後には学院側が引き取りに来るはずだが、目を覚まさないのに、連れて帰るわけにはいかないだろう。
このままでは、自分の入院まで延びそうだった。
なにしろルーフェイアがここへ入院?した際、シルファから「絶対にこの子を置いて行くな」と約束させられてしまっている。
(まぁ、構いませんが)
早く帰りたいのは確かだが、ここにいれば邪魔は入らない。それに点滴も外れているから、最初ほどの不自由さはなかった。
本へ手を伸ばす。
昨日ルーフェイアが選んできた――シルファのほうは読み終わってしまった――ものだ。
院内は穏やかだった。それでも朝のうちまでは、後始末があったり患者が戻ってきたりしてざわついていたのだが、今は完全に落ち着いている。
病院のスタッフもあんな事件があったというのに、平常どおり仕事をこなしていた。「病院に休みナシ」とはあの主任の言葉だが、確かにそのようだ。
人質になった子供たちも幸いなことに、深刻な後遺症はないとの話だった。
途中でルーフェイアが入ってきちんと世話をし、犯人たちとの盾になったことがひとつ。それに眠っている間に惨劇が終わり、気づいたらベッドの上だったために夢との区別がつきづらくなったこととが、功を奏したらしい。
(――なによりですか)
しばらくは怖い夢をみたりするかもしれないが、その程度で済むだろうとのことだった。
意識を戻し、そのまま本を読み続ける。実を言えば自分でも狙っていた新刊だ。面白くないわけがない。
そのまま夢中になって、しばらく時間が過ぎた。
辺りが騒がしくなる。
なんとなく顔を上げ時計に目をやって、タシュアはその理由を知った。
「もう、そんな時間でしたかね」
既に時計が12時を過ぎを差している。だがまだ、ルーフェイアは眠ったままだった。
「――いつまで寝ることやら」
言いながら立ち上がる。この病院では、動ける患者は食堂で食事を取る決まりだ。
一度だけ少女のほうに視線を向け、変化がないことを確かめてから、タシュアは病室を出た。




