Episode:115
「それを助力とは言わず何というのです?」
「その言葉を適当と思うなら、それで構わぬ。いずれにせよ、私はそのように在るだけだ」
「ずいぶんとつまらない存在ですこと。
そういうのを、奴隷根性というのですよ」
タシュアの痛烈な皮肉。
だがそれでも尚、彼女の表情は変わらなかった。
「――面白いことを言うな。だがすべての存在は、所詮何かの奴隷であろう?」
こちらは皮肉などではなく、ただ単に事実を述べているだけ、といったふうだ。
「私は本来そのように創られたがゆえ否定はせぬが、そなたとて全てのものから、完全に自由ではないはずだ。
他人、時、あるいは自身の望み……いずれにせよ、あらゆるものは何かに支配されているのではないのか?」
「奴隷は支配されるものですが、支配されるものを奴隷とは呼びませんよ。」
タシュアの間髪入れずの切り返しが、興味を惹いたらしい。「彼女」がどこか面白がるような雰囲気をまとった。
「瑣末なこととも思えるが――なるほど、違うと言えば違うだろうな」
このやりとりを、明らかに楽しんでいる。
一方のタシュアも、どちらかと言えば楽しそうだ。あるいは双方、どこか似ているのかもしれなかった。
「私には、全く違うように見えますが?」
「……いい加減にしてもらえませんかね?」
延々と続きそうな気配の応酬に、とうとうイマドが割って入った。
「人間がどうとか、てめぇらがどうとか、俺はンなの構わねぇ。
――ルーフェイアはどうしたっ!」
拳で殴りつけるかのような言葉が、叩きつけられる。
不思議なことに、「彼女」の表情がふと緩んだ。
「少年よ、その躊躇いのなさを大切にするが良い。それがいつか、道を拓くだろう」
「そりゃどうも。
けど俺が訊いてんのは、そんなことじゃねぇ」
イマドの言葉はあくまでも刺々しい。
「――そうだ、それでいい」
満足げに「彼女」は頷いた。
そしてさらに言葉を続ける。
「案ずるな、グレイスならば髪の毛一筋たりとも、傷ついてはおらぬ。
我が内にてただ――眠っているだけだ」
「だったらさっさと、元に戻せっ!」
「そうすることにしよう」
意外なことに、「彼女」はあっさりと同意した。
虚空にあった身体が舞い降り、両足が床を踏みしめる。
それから再び、「彼女」は3人に視線を向けた。
「身体にかなり負荷がかかっている。休ませてやるが良い」
まぶたが閉じられ、少女の身体がゆっくりと崩おれる。
「ルーフェイアっ!」
イマドが飛び出し、華奢な身体を抱き止めた。
先程までの傲然たるものは既に無く、儚げで妖精のような雰囲気の――いつものルーフェイアだ。
その目がうっすらと開かれ、碧い瞳が不安と困惑に揺らめく。
「あた、し……?」
「全部終わった。もう心配ねぇ」
少年の言葉に少女は淡く、だが嬉しそうに微笑んで、再び目を閉じた。