Episode:110
シルファ先輩が剣を振り下ろし、テロリストのリーダーの手から零れ落ちた石が、淡緑色の光を放ち始める。
「やべえっ!」
「――シルファっ!」
あたしもほぼ同時に、思わず叫んでいた。
「いけない、その石っ――!!」
一瞬の間を置いて、タシュア先輩が言葉を継ぐ。
「早くここから離れなさい、呪石です!」
「なにっ!」
シルファ先輩が急いで魔法を唱え始める。
あたしも急いで魔法を発動させた。
「ルス・バレーっ!」
「エターナル・ブレスっ!」
石の気配から、発動するのは最上位魔法みたいだけど、これならかなり減衰させられる。
その間にイマドが前へ出て、魔法を放つかのように手を前へ突き出した。
「早く、今のうち……!」
淡緑色の光が不安定に明滅を始める。
――こんなこと、できるなんて!
詠唱なしで魔力そのものを扱える人がいる話は、聞いたことがあった。というか、サリーア姉さんがそうだと言われている。
けど、まさかイマドが……。
「無念の声が響く闇の底にて、其は黄泉の回廊を迷わん。開け、黒き審判の門――」
タシュア先輩はそんなことに構わず、切り札の暗黒魔法を唱え始めた。確か異次元への穴を開けて、対象を送り込んでしまう呪文だ。
でも……時間がかかっている。相手が発動しかけの石だからなんだろう。
――これじゃ、間に合わない。
何故か、そのことがはっきりと分かった。
何か、何か方法は……?
(――力が、要るのか?)
突然誰かが話しかけてきた。
違う。
「誰か」じゃなくて、あたしがよく知っている相手だ。
(要るわ!)
心の中で叫び返す。
話しかけてきたのは生身の人間ではなくて、産まれる前からあたしと一緒にいる、あの「精霊」だ。
(力が要るの! どうすればいいのっ?!)
(私と替わればいい)
(――わかった)
彼女の明け渡しの要請に、あたしはためらわなかった。
ここで彼女に全てを渡したら、二度と戻ってこれないかもしれない。そのくらい危険なことだと言うのは、なんとなく分かった。
――でも。
あたしや先輩たちは魔法があるから、呪石が発動しても防げる。だけど看護士さんやあの子たちは――このままじゃ助からない。
(お願い、早くっ!)
(――心配ない)
精霊のはずの彼女が請け合う。
直後、額の増幅器がぱちぱちと音を立ててオーバーロードし、あたしの意識は途切れた。