Episode:105
最初の蹴りで思わず身体を折り曲げた相手の背に、容赦なく短剣を突き立てる。
なにしろ自分や、他の人質の命がかかっているのだ。わざわざ手加減して、リスクを増やすわけにはいかない。
イマドもいつの間にかナースステーションへ紛れ込んで、ひとりを切り伏せていた。
――やるな。
あのルーフェイアの相手が、勤まるだけのことはある。
廊下のほうも上級傭兵が制圧し始めたらしい。怒鳴り声や叫びに混ざって上がる、クリアの報告を耳にしながら、私はまだ残る犯人へと動いた。
相手が慌てて、持っていた連射銃を構える。
「先輩、そのまま前っ!」
同時に聞こえたイマドの声――声だったのだろうか――に、ためらわずに突っ込んだ。
まさか真っ直ぐ来るとは思っていなかったのだろう。銃を構えた男の顔に、驚愕の表情がのぼる。
その男の手元で、銃が暴発した。
――イマドか?
どうやったのかは、まったく分からなかった。銃に仕込まれている炎石は、何重にも暴発しないように防御がかかっているのだ。しかも呪文の詠唱も、全く聞いていない。
だがともかく、敵は銃を取り落とした。こうなってしまえばもう、撃たれる心配はほとんどない。
突っ込んだ勢いを殺さぬまま懐へ飛び込み、棒立ちになっている敵の咽喉へ真横に剣を振るった。
悲鳴より早く、血しぶきが上がる。
「これで、全部か?」
私の何気ない言葉に、イマドが答えた。
「いえ、もひとり奥の部屋に。
――今、燻り出しますんで」
「え?」
疑問はすぐに氷解した。
ナースステーションから続く小部屋、扉の向こうで絶叫が上がり、炎に包まれた男が飛び出してくる。
「イマドっ!」
「下手に部屋に突っ込むより、いいですって。
だいいちこいつ今まで、何度もこうやって女子供まで殺してますかんね。少しは同じ目に遭わせてやんねぇと」
「そうなのか……」
かといって、このままにしておくわけにもいかない。例え死にかけた相手でも、時間を与えれば何をするか分からないのだ。
「――借りるぞ」
私はイマドから長剣を受け取った。
とどめを刺すために振り上げる。
と、嫌な予感が私を捕らえた。次いで幾つものことが、立て続けに起こる。
この男の焼けた手が懐へと伸び、私の長剣が振り下ろされ、何かが犯人の手からこぼれ落ち――。
「やべぇっ!」
「――シルファっ!」
「いけない、その石っ――!!」
イマドの、タシュアの、それに倉庫から出てきたらしいルーフェイアの声が重なる。
床に落ちかけた石が何故か宙に留まり、淡緑色の光を放ち始めた。