Episode:01
◇Sylpya
「やれやれ……。どこをどう計算したら、そういう答えになるのです?」
「す、すみません!」
調理室で昨日途中まで作っておいたケーキを、調理室で仕上げていると、後ろからそんなやり取りが聞こえてきた。
声の主は、タシュアとルーフェイアだ。
最初は任務帰り――夜通しだったらしく陽も高い今ごろになって戻ってきた――のタシュアに、食べてもらうつもりだった。だが途中の廊下でばったりルーフェイアに会い、一緒に食べさせることにしたのだ。
そんなわけで2人で調理室の隅で待っていたのだが……いくらも待たないうちに真面目なルーフェイアは、宿題を持ってきてここで始めたのだ。
ただその宿題と言うのが、どうやら苦手な物理だったらしい。
「これが、こうだから……あれ?」
あの子がよく分からなくて首をひねっているところへ、さっきからタシュアがからかい半分に口を出している。
――ようは暇なのだろうが。
泣き虫のルーフェイアは、タシュアにとってはかっこうのおもちゃだった。
この子がタシュアを恐れているせいもあって、何気ない一言で泣き出してしまうのだが、それが面白くてたまらないらしい。
「えっと……」
「式が間違っていますよ」
「え?」
今はよく面倒をみているが、たぶんそのうち泣かせるだろう。
「使っている公式そのものが間違っているんです。
あなたが使っている式は、tがひとつ余計ですよ」
「あ……」
完全に文系のルーフェイアは、言われて初めて気が付いたようだ。
ただ今度は、どうしてこの式なのかがわからないのだろう。また必死に考え込んでいる。
「どうもあなたは、応用力に欠けるようですね」
この一言で、この子がうつむいた。
「すみません……」
綺麗な碧の瞳から、涙がこぼれる。
もっとも最近気付いたのだが、この子が泣くのは何か言われてというよりも、自分が情けなくなってということらしい。
分からないのが悪いとは私は思わないし、タシュアもそうは言っていないのだが……。
「泣いても問題は解けませんよ」
「………」
容赦ないタシュアの一言に、真面目なルーフェイアが泣くまいと涙をこらえている。
だがかえって涙は止まらなくなったようで、さすがに可哀想になった。
ともかくいじめ癖のあるタシュアにはこれが面白いわけで、普通と違って、そのまま放っておくとずっといじめ続ける。
「とりあえず、一休みしたらどうだ?」
タイミングを見計らって間に入り、2人の目の前に出来上がったケーキのお皿を置いた。
「ほら、泣いていると食べられないぞ?」
「あ、はい……」
ようやくルーフェイアが泣き止んで、涙をぬぐう。
それからこの子が、まじまじと目の前のお皿を見つめた。
「黒……?」
「黒?」
予想もしない言葉がルーフェイアの口から出て、面食らう。
「いえ、白じゃなくて黒って……」
「??」
なんのことだかさっぱり分からない。