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友達以上恋人未満が恋について語り合う。【恋愛】

2019/04/13追記

ジャンルを【ヒューマンドラマ】から【恋愛】に変更しました。


「ねー、まーくん。恋ってなんだと思う?」


 俺の部屋の、俺のベッドで、俺の買った漫画を読みながら、千紗はそんなことをつぶやいた。


「さぁ、辞書でも引いてみたら」


 その問いに俺は素っ気なく答えた。床に体育座りをしたままスマホをいじる。今はスマホのソシャゲから目が離せなかった。


「んー、じゃあ辞書貸りるねー」


「あいよ」


 幼稚園から十数年来の付き合いである千紗は、俺の部屋のどこに国語辞典があるかも知っていた。

 2年前、俺が高校に入学するときに買った辞書だ。それ以来一度も使ってなかった。スマホの検索機能で十分なのだ。


 千紗は本棚の一番下から辞書を引っ張り出した。そして、辞書を箱から取り出して、当てずっぽうでカ行の後ろの方のページを開けた。


「お! 一発で見つけた! すごくなーい!?」


 ちょうど開いたページに、探してた単語があっただけでこの喜びようである。


「あー、すごいすごい」


「本当に思ってるー?」


「思ってる思ってる」

 

 俺はスマホの画面から目を離さずに答えた。


「えっとー、なになに? 『恋:特定の人間に深い愛情をいだき、その存在が身近に感じられる時は、他の全てを犠牲にしても惜しくないほどの満足感・充足感に酔って心が高揚する一方、破局を恐れての不安と焦燥に駆られる心的状態』だってー。なんかよくわかんなーい」


 千紗は文字の羅列を指で追いながら、機械のように淡々と読み上げた。一方で頭で理解する作業は為されていないようだ。


「『深い愛情をいだく』まではわからないでもないけどさー、『他の全てを犠牲にする』ってどーよ?」


「どーよ、って言われてもなあ」


「全てってことは勉強も、部活も、友達も、家族もってことでしょ? なんか自己中みたいじゃん!」


 何に不満を漏らしてるんだよ……。長年一緒にやってきたからわかる。千紗のめんどくさい屁理屈モードだ。

 俺も少し屁理屈で対抗する。


「全てってことは自分の身すらも投げ出せるってことじゃないのか? それは自己中とは言わないだろ」


「え、相手のことを自分の命より大切に思ってないと恋じゃないってこと?」


「それくらいの充足感ってことだろ。実際に身を投げたりはしないだろ」


 昔、プロポーズのために走ってくるトラックに身を投げ出しながら「僕は死なない、あなたのことが好きだから」って言うドラマがあったようななかったような。恋ってそれほどのものなのか。


「それに、『その存在が身近に感じられる時は』って言ってなかったか? 四六時中相手に夢中になってるわけじゃないだろ」


「じゃあ恋人同士なのに恋しない時間もあるの?」


「あるんじゃねーの、知らんけど。」


 「ふーん」と言いながら、千紗は辞書を持ったままベッドに寝転がった。仰向けのまま天井に向かって言葉を投げる。


「そもそもさー、身近に感じられる時ってなによ? 近くにいる時ってこと?」


「物理的な意味だけじゃないだろ。心理的な意味も含むんじゃねーの?」


「あー、遠距離恋愛みたいな?」


「それは極端だけどな」


 近くにいても心の距離は遠い、なんてことはよくある話だ。その逆もまたしかり。


「じゃあさー、この『破局を恐れての不安と焦燥』ってのは何だと思う?」


「……んー、何って言われても……」


 下手な現代文の問題よりも難しい。辞書で簡単な言葉を調べると、それより難しい言葉で説明されていたりするから困る。


「あれじゃないか? 誰かに取られたくないって思ったり、離れたくないって思うことだろ、知らんけど」


「それまた自分勝手だね」


「そんなもんなんだろ、恋なんて」


「そんなもんかー」


 辞書を枕元に置いて、また漫画を開いて続きを読み始めた。俺は開いていた検索アプリを閉じて、またゲームを起動した。


 しばしの沈黙。ページをめくる音と、時々クスッと笑う千紗の声だけが聞こえる。



 4、5ページめくったところで、思い出したかのようにまたつぶやいた。


「……やっぱり変だよ」


「何が?」


「クラスの友達はさ、普通に『◯◯君が好きなの!』とか言っちゃってるけどさ、それって自分の心情が、辞書にあるようなそういう心的状態って理解した上で言ってるのかな?」


 千紗は俺を見つめている。俺はそれをちらっとみて、すぐにスマホの画面に目を戻した。


「もっと単純だろ。辞書が全てってわけじゃないんだし。その子が好きって思ったら好きなんだろ、たぶん」


「勝手な自覚ってこと?」


「そんなもんなんだろ、恋なんて」


 『勝手な自覚』。皮肉な言い方である。しかし言いえて妙なのかもしれない。


 千紗はゴロンと寝返りをうってうつ伏せになった。足をバタバタさせながら漫画を読み進めている。


 また、二人の間に静寂が訪れる。こんな静寂にも慣れたものだった。登校の時も下校の時も放課後にも一緒にいるけど、特に何かで盛り上がるわけじゃない。こうやって、たわいもないことを語り合う。中身のない議題について話し合う。


 俺はそんな時間を気に入っていた。他の友達とバカ言って笑いあうのも楽しいが、こうやって静かな時間を過ごすことに、どこか安心感を覚えていた。


「なんで急に、恋だのなんだの言い始めたんだよ?」


「んー、理由はないけどさ。漫画に出てきたから、ちょっと気になっただけ」


 彼女はこちらに背を向けたまま答えた。


 貸した漫画の登場人物は、ストレートに自分の気持ちを伝えていた。その気持ちが恋だと自覚していた。


「まあ、私にもそのうち分かる日が来るかなー」


「……そうだといいな」


 近いようで遠い。遠いようで近い。

 これでいい。俺らはそんな関係がちょうどいいのかもしれない。恋だの愛だの難しいことは抜きにして、ただ安穏に時を過ごす。十分に充足している。

 

 誰かにこの時間を奪われた時……なんて想像できない。だから、焦りもしないし不安もない。


 よって、これは恋ではない。


 ……辞書に一番踊らされているのは俺なのかもしれないな。俺は、俺が勝手な思い込みをしていることを自覚したくない。


 俺はそっと、検索履歴から『恋とは』を消した。


 

 

 


お読み頂きありがとうございます。


出典:新明解国語辞典

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