探偵からの最後のパス【ミステリー】
僕にとって、名探偵神代司は相棒であり、良き友人でもある。巷では平成のホームズとワトソンなんて呼ばれてるらしい。僕は彼を手助けしているだけで、ワトソンみたいに有能なんかじゃないのに。
しかし、司が数々の難事件を解決してきたのは周知の事実だ。いつも見事な推理ショーで容疑者を追い詰めてきた。
最近は話題の連続殺人犯の捜査を依頼されたりもした。
僕らの行く先々では必ずと言っていいほど事件が起こる。そういう体質なのかもしれないな。
そしてまさに今、旅行先のホテルで起きた殺人事件を名探偵神代司が解き明かそうとしていた。
「犯人はあなただ!」
司が指をさしたのは被害者の妻。妻はその勢いに気圧されて一歩後ろにたじろいだ。
驚きと困惑と焦燥が入り混じり、口を半開きにして目を見開いている。
それにかまわず、司は推理ショーを続ける。
「あなたは昨晩、被害者と口論になり、カッとなって灰皿で殺害してしまった」
「違うわ! 私はそんなことしてない!」
状況を飲み込んだ妻は必死に食い下がる。
その様子を見かねて警部さんが司に尋ねた。
「そうですよ、司さん。彼女は死亡推定時刻にはホテル最上階のバーにいたと、ホテルスタッフも証言してるじゃないですか!」
「その死亡推定時刻が間違っているとしたら?」
司はニヤッと笑った。僕はそれを傍観する。
「そんなはずはない。うちの優秀な鑑識が間違っているとでも?」
「いえ、あってますよ。常温ならね」
「ま、まさか……!?」
「そう、彼女はエアコンを操作して部屋の温度を極端に下げることで被害者の死体現象を遅らせた。そして彼女はアリバイ作りのために最上階のバーに足を運んだ。この部屋の電気使用量なんかを見ればわかるでしょう」
「なるほど、どちらにしろ寒い部屋に自身も長時間いるのは辛いですもんね」
「でたらめよ! 私がバーに行ったのは眠れなかったからよ!」
周りの人々は妻に疑いの目を向けている。
「いずれにせよ、詳しく検視すれば死亡推定時刻がずれていることがわかるでしょう」
「いい加減にしてよっ! 私が夫を失った悲しみをわかってんのっ!? 探偵ならちゃんとしてよ!」
妻は涙を浮かべながら叫んだ。その必死さに余計に疑いが強くなる。僕はそれを傍観する。
「そんな証拠どこにもないじゃない! なんで私なのよっ!」
「司さん、彼女が犯人だという証拠はあるんですか?」
司は薄ら笑いを浮かべた。
「ほら、言ってやれ、相棒」
ここにきて僕に振られた。雑なパスだなぁ。僕はこういうのは得意じゃないんだけどな……。
「えっと、凶器の灰皿がまだ見つかってませんでしたね。彼女は昨晩、ホテルからは出てないのはスタッフの証言通り。ここはホテルですし、死体発見からまだ一日も経ってません。突発的な犯行だったこともあり、凶器の処分は難しいでしょう」
司から教え込まれた長文セリフを噛まずに言った。
「じゃあ、まだ隠し持っていると?」
「おそらく。そうですね……手荷物検査されにくい……衣服や下着の入ったカバンとかでしょうか」
「おい」という警部さんの指示で女性警察官が彼女のカバンを調べた。
「あ、ありました! 血のついた灰皿!」
「嘘でしょっ!?」
誰よりも驚いていたのは妻だった。
「誰かが私のカバンに入れたのよ! はめられたんだわ!」
「指紋認証でもすれば、あなたの指紋が出てくるでしょう」
「いい加減なこと言わないでよっ! 冤罪だわ!」
「とりあえず、続きは署で聞きましょう」
警察官数人と共に彼女は部屋を出て行った。最後まで自分の無実を叫び続けていた。僕はそれを傍観していた。
それを見送った後、僕たちは部屋に戻ることにした。
ーーーーー
部屋に戻った僕たちは語り合った。
「まったく、いつも司にはヒヤヒヤさせられるよ。今日のはちょっと無理やりじゃなかった?」
「大丈夫だよ、俺の推理ショーは完璧だったろ?」
「一丁前に腕組んで練り歩いたりしちゃってさ、ちょっと鼻に付くよ。」
「はっはっは、眠りながらの方が良かったかな?」
そんな冗談を交わし合う。僕にとって彼は相棒であり、良き友人でもある。
「……なあ、司。そろそろやめにしないか」
荷物を詰め込み、帰り支度をしながら僕は彼にそう持ちかけた。
「……なんで?」
不気味な表情を浮かべてこちらを睨む司。
「バレるのは時間の問題だよ? だんだん警察の捜査技術も上がってきてるし」
「それはないね! だって俺は名探偵神代司だぜ!?」
そう言う彼の目は輝いている。自信に満ち溢れている。さすがの僕でも、彼ほどの変人は見たことがなかった。
「警察は無能さ。俺の推理がなきゃ、事件を解決できないんだもんね!」
誰もが彼の推理に聞き入る。
誰もが彼を信頼している。
誰も彼の推理を疑わない。
誰もが彼を疑わない。
ーー誰も彼が被害者を殺したなんて思わない。
誰も彼がエアコンの温度を下げたなんて思わない。誰も彼が灰皿を隠したなんて思わない。
彼が連続殺人犯であるにもかかわらず。
なぜなら彼が名探偵神代司だから。
そうやって僕らは地位を築いてきた。そして名誉を得てきた。
いや、彼の場合は楽しんできた、と言った方が正しいか。
初めは僕らもまじめに探偵をやっていた。しかし、難事件なんてそうそう現れるものではなかった。
そして、自分から難事件を作り上げた。その時から(あるいはもっと前から)僕らは狂い始めていたのだ。
ーー探偵からのサイコパスへ。
この転身に僕らはすぐに順応した。事件を作り、それを自分で解決する。そんな"自給自足"にすっかり慣れてしまった。
「さあて! 次は誰を殺そうかな! どうやって罪をなすりつけようかな! 誰の人生を破滅させようかな!」
彼は笑いながら、血塗られたレインコートを袋に入れた。
彼のサイコパスぶりには、僕すら恐怖を覚える。まぁ、それだけだったらここまで相棒をやったりしない。恐怖というよりも畏怖を覚えたのだろう。
だから僕は彼の良き友人でもあり、相棒でもあり、共犯者なのだ。
「もし万が一バレた時はどうするのさ?」
僕の問いかけに司は即座に答えた。
「簡単なことだよ、ワトソン君。その時は変装でもして逃亡しよう。さながら、ホームズのようにね」
名探偵とその助手は、これからも難事件を生み出し続ける。
お読みいただきありがとうございます。
シャーロキアンの方がいたらすいません。
こんな感じでやっていきます。
どうぞよろしくお願いします。
作風にに興味を持たれた方は、ぜひ前作のほうもよろしくお願いします。