魅力のある作品を目指して【ホラー】
※微ホラー注意です。
やあ、画面の前のそこの君。来てくれてありがとう。
こんにちは。僕はこの作品の主人公。名前は……あー、今は言えないんだ。
あーあー、メタ発言だからって驚かないでほしいんだ。作品の主人公といってもまだ物語はできあがってないからね。主人公(仮)みたいなものさ。
ちょっとだけ僕の話を聞いていってくれないかな? そんなに時間はとらせないからさ。
ありがとう。
ごめんね、敬語だと話しにくいからこんな語り口調になっちゃうけど、ちょっとの間だから勘弁してほしい。
まずは改めて自己紹介から。
僕は主人公(仮)。名前は……まだないってことにしておく。ははっ、どこかの猫みたいだね。我輩は主人公である……なんちゃって。
性別は男、歳は17、身長と体重は平均並み。血液型はA型、彼女いない歴=年齢のどこにでもいる学生さ。目立った特徴もないし、顔も普通くらい。
どうやら、僕は異世界ファンタジーの主人公になったらしいんだ。異世界に転生して、エルフの子と出会ったり、王妃と出会ったり、凶悪な魔王を倒したりするのかなぁ。
まあ、それは置いておこう。
自己紹介はこれくらいにしよう。
改めてよろしくね。
あ、そうだ。ねえ、君とはもう友達って思ってもいいかな?
ありがとう。今は握手は交わせないけど、いつかきっと君と手を取り合える時が来ることを願うよ。
じゃあ、本題に入るね。
君に一つ相談があるんだ。
『どうやったら魅力のある作品になるかな?』
あはは、僕がこんなことを気にするのもどうかと思うけどさ。作者さん、けっこう頑張って書いてるみたいでさ。なんというか、恩返しというか、その努力に報いる何かをあげたいんだよね。
僕にどうこうできる問題じゃないかもしれないけど、きっと無駄ではないと思うんだ。
だから今日は、君にそれについて助言が欲しいんだ。
僕なりに、いくつか考えてみたからきいてほしいな。
まずはやっぱり冒頭が大事だよね。冒頭で読者を作品に引き込まないと、その後も読んでもらえない。せっかく後々に魅力のある展開があっても、読まれなきゃ意味ないもんね。
異世界モノの冒頭といえば、異世界に転生するシーンだよね。だから"そこでどれだけ個性的な転生をするか"が重要だと思うんだ。
次に、世界観だよね。転生した先の非日常的な景色、独特の能力、個性あふれる仲間たち。そこで読者を非日常へと連れ込む。そして作品の虜になる。
……あぁ、でもこればっかりは僕にはどうしようもないなぁ。
じゃあ、次。次はバトルシーンだね。熱い決闘、仲間の裏切り、最終決戦。燃えるよね。そこで、僕は戦闘シーンを鮮やかに決めたいんだ。そしたら引き込まれること間違いなし。
言い忘れてたけど、僕は運動がけっこう得意なんだ。体育の成績は5なんだよ。今からもっと筋トレして強くなるぞー!
あ、そうだ、決めゼリフももう考えたんだ。いくよ? コホン。
『お前はもう、おうちには帰れないぜ』
どうだろう?
……む、あまり反応がよくないな。ダサかった? やることないから、必死で考えたんだけどなぁ。まあ、もう一度考え直そうかな。時間ならまだいくらでもあるし。
気を取り直して次。次はラブシーンだね。可愛いヒロインとのドキドキ展開。ここで失敗したら大変だ。
これは僕にとって難関だよ。さっきも言った通り、彼女いない歴=年齢の僕は、キスはもちろん、手を繋いだことすらない。その先なんてもってのほか。その先まではさすがにいかないと思うけど、キスシーンくらいはあるんじゃないかな……。ここで失敗したら読者に引かれてしまう。キスの時に歯が当たったりしたらどうしよう……
なにかアドバイスないかな? 君の経験を聞かせてほしいんだ。
うんうん。
あー、なるほどね!
ありがとう! なんだかやる気がでてきたよ! あ、変な意味じゃないよ。ははっ、これなら大丈夫そうだ! 一人で練習しておくよ!
最後に大事なことはラストシーンだよね。ここで読者は完全に引き込まれる。最後には読者は、もう物語の主人公に感情移入しきって、まるでその世界の中にいるかのような感覚に陥るようにさせれば完璧だ。そして、読後の余韻に浸らせるのさ。
僕なりに考えたのは……いや、今はやめておこう。その時のお楽しみってことで。
ふぅ、話を聞いてくれてありがとう。君と話して、アドバイスをもらったりもして、なんだか勇気が出てきたよ。
君に会えてよかった。
……
はぁ。最後に悩みを聞いてくれるかい?
実は僕、怖いんだ。このあと異世界に行くために死ぬだろ? それが怖いんだ。どんな死に方かはまだ決まってないけど、きっとトラックとの接触かなぁ……。
……
……はぁ。
……怖い。
……怖いよ、どうしよう?
……ねえ、怖いよ。
もし君ならどうする? 君がこの立場ならどうする? もうすぐ死ぬんだよ?
それだけじゃない! こんな暗い場所で、いつまでも画面の中で、異世界に旅立つこともできず、その日を待っている! 物語が出来上がる日を! 今のこの状況が苦痛で仕方がないよっ! まるで独房で死刑執行を待ってるみたいだ!
ねえ、君ならどうする?
……そうだ、僕と代わってよ。
そうだ! それだ! なんで僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだよ!
君なら僕より強そうだし、僕なんかよりきっと魅力のある作品になる! きっとそうに違いない!
拒否したって無駄さ。
今から君を引きずりこむ。僕の手で君を今からこちらに引き込むさ。
この作品は引き込まれる作品だからね。
いや、この作品を読み始めた時点で、コッチの世界に足を踏み入れたも同然さ。
冒頭で世界に引き込んで、だんだん非日常へと連れ込んで、ラストで完全に世界の中に溶け込ませる。
そう、寂しいなら、君も僕みたいに誰かをここに引き込めばいい。すでに、僕以外にも何人かいるしね。
さあ、君もこの画面の中で一緒に生きよう?
異世界生活を楽しもうよ。
時間ならいくらでもあるんだよ?
逃げたって無駄さ。もう遅い。
『お前はもう、おうちには帰れないぜ』