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独自理論炸裂?!



 わたしは手に持っていたお猪口を落としてしまった。中身を飲み干していたので、転がっても被害はないのだが、華絵が眉を寄せた。


「ちょっと! それ、お気に入りなんだから壊さないでね」

「割れていないわよ」


 慌てて転がったお猪口をテーブルに置く。わたしに衝撃的な言葉を投げつけたクリフは何でもなさそうな顔をしてちびちびと酒を飲んでいた。その他人事のような態度にイラっと来る。


「働きたいということは、こちらで暮らしていくつもり?」

「そうだ。いつまでも世話になっているわけにはいかないだろう」

「心がけは立派だけど。クリフは……何ができるの?」


 現代日本において、パスポートもビザもない見るからに白人の彼が簡単にまともな職を得られるとは思えない。日本で暮らそうと思ったら、身元不明なのは致命的だ。住民登録できない人間が家を借りることすら難しい。

 バイトはどうだろう。やはり運転免許証か保険証の提示を求められる気がする。知り合い繋がりなら大丈夫かもしれないけど……どうだろう?

 華絵も初めて聞いたのか、なんだか困ったような顔をしている。


「騎士だから、体は鍛えている。護衛や討伐なら誰にも負けないはずだ」

「護衛? 討伐!? ココは現代日本よ!」


 思わず頭を抱えた。方向性が間違っている。華絵も苦笑気味だ。


「クリフ、申し訳ないけど、この国にクリフが思っているような護衛や討伐と言った職業はないわ」

「それに剣を持って歩いていたら、速攻捕まるわよ!」


 自棄(やけ)になって叫べば、クリフが驚いた顔をする。


「それは困ったな。この国の人間はどんな仕事をしているんだ?」

「色々だけど、クリフが働こうとするのは現実的ではないわね」


 華絵が冷静に告げた。


「元の世界に戻れないの?」

「戻れるのか?」


 わたしがクリフに尋ねれば、クリフはそのまま華絵に尋ねた。華絵はにんまりと笑みを浮かべる。


「よくぞ聞いてくれました! ここ一週間、わたしの成果報告をさせてもらうわ!」


 まずい。

 どうやら華絵の「常識人では理解できない」スイッチが押されたようだ。

 止めることもできないが、理解することも無理という理論がこれから展開される。ちらりと時計を見れば、まだ1時を回ったところ。

 朝を6時とすれば、5時間は聞く羽目になる。


「まず、クリフの世界はゲームや小説といった想像の中に存在する」

「えー……」


 最初から受け入れがたい。わたしは思わず反論しかけた。だが、その気持ちはぐっと抑え込む。華絵のこの状態を悪化させないためには、相槌が一番なのだ。間違っても反論してはいけない。口を噤み、首を縦に振ることだけに集中する。

 以前、この未知なる世界に喧嘩を売って大変な目に合った。その状況をもう一度再現させたくない。


「それはおかしい。もし、俺のいた世界が作られた世界というのなら、俺は想像上の存在となる」

「そうじゃないのよ。逆よ」

「逆の意味がもう分からない」


 わたしはついつい我慢できずにぼそりと呟いた。やれやれと言わんばかりに華絵がため息を漏らす。


「よく聞きなさい! 世の中の転生系ラノベはゲームの世界やら小説の世界やらに生まれ変わってというのが主流なの。その背景にいるのは、大抵、神がゲームを模倣して作ったとなっているわ」


 神がゲームとか意味が分かんない。

 クリフも同じなのか、表情を殺して聞いている。


「でもね、わたしに言わせると逆なのよ。神がゲームを模倣したんじゃないの。他の世界を覗いた誰かが自分の発想だと勘違いして物語を起こしているのよ」

「まったく意味が分かりません」


 理解できずに手を上げれば、ふふふと華絵は笑う。


「簡単に言えば誰かが見た夢がゲームや小説になっているのよ。ではその夢は何か? それが異世界を覗いた記憶なのよ」


 ぶっ飛んでいた。

 夢の定義は色々あるとは思うけど、まさかの異世界を見てきたと。夢を見ている傍観者が神の視点というやつなのか?


「それなら納得だ。この一週間、読めと言われていた小説を読んだ。その中に、俺のいた世界とよく似た世界があった」

「えっ!?」


 さらりとクリフが同意した。あまりの展開についていけない。華絵は目を輝かせて、クリフの両手を握りしめた。


「本当に? 本当にクリフの世界を見つけたの?」

「ああ。名前も同じだ。俺が知っている直前の状態まで似ていて恐ろしくなった」


 クリフが馬鹿正直に言えば、華絵は満面の笑みになった。


「それならわたしの理論は正しいのよ!」

「……正しいとしても、どうするの?」

「もちろん、作者に突撃よ!」


 は?


「そうだな。俺の世界を覗ける人間なら、戻り方も分かるかもしれない」

「そう思うでしょう?」


 盛り上がる二人に、わたしのテンションは駄々下がりだ。

 なんだか明日が怖くなってきた。




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