イケメンとカップ麺と
視覚的暴力というものだ。
ラフな格好とはいえ、有名ブランドのジーンズに白いシャツ、少し長い後ろ髪はゴムで結んである。顔立ちは端正で、男か! と叫びたくなるほどの白磁の肌。手も大きく男らしい。長い指が動いていなければ、どこかの彫刻だと思うほどだ。
クリフは一心不乱にカップを手にして食べている。時折熱そうにしているが、食べるペースは変わらない。
「……美味しいの?」
「ああ、美味い」
ずるずるずる。
イケメンがラーメンをすする姿は、たとえそれがカップ麺だとしてもかっこいいモノらしい。
バックに花が舞っていそうだ。食べているのはラーメンだけど。
部屋にはカップ麺独特の香りが立ち込め、食欲をそそる。特に今日は仕事帰りの金曜日だ。
色々なストレスを抱え、デパ地下でお気に入りのワインと日本酒、それにチーズを数種類、買ってから約束通りに華絵の家にやってきた。華絵の家は資産家だけあって、とにかく広い。庭も広くて手入れが行き届いている。ちなみに華絵のこの家は華絵名義で住み込みのお手伝いさんが二人いる。
日本ではありえない水準であるのだが、すでに庶民とのギャップは学生時代に通り越していた。お手伝いさんたちも慣れたもので、わたしが連絡なしで訪ねてきても動じない。家族のように迎えてくれる。
「なんだか知らないけど、カップ麺が気に入ったみたい」
「というか、どうしてこの家にカップ麺があるのよ?」
「わたしの夜食よ。不思議そうな顔をしていたから分けてあげたの」
夜に二人ですするカップ麺。
なんだか絵になるような、ならないような?
割りばしじゃなくて、プラスチックのフォークを使っているところが何とも不思議な感じだ。一昔前はプラスチックのフォークが標準装備だったようだけど、器用に小さなプラスチックフォークを動かしている。
「それより何を買ってきてくれたの?」
わくわくしながら華絵が聞いてくる。わたしは手に持っていた袋をテーブルに置いた。
「今日はワインと日本酒。あとはチーズね」
「焼酎は?」
「いつものがなかった」
テーブルの上に買ってきたものを出す。華絵はグラスとチーズをのせる皿、それから用意してあったのかおつまみを出してきた。
「冬香、それはなんだ?」
「ワインよ。それにこっちが日本酒」
「日本酒?」
やはり聞きなれないのか首をかしげている。カップ麺は食べ終わったのか、スープまで綺麗に飲み干されていた。
興味津々に酒を見ているクリフに空のカップ麺。
初対面の時のあの視線だけで人を殺せそうな威圧はどこに行ってしまったのだ。この一週間で、すっかり華絵に調教……いや温厚になってしまったのだろうか。
ただの穏やかなイケメンになってしまったクリフに戸惑いながら、日本酒の瓶を彼の前に置いた。ラベルが見えるように見せる。この銘柄はお気に入りだ。日本酒独特の強い香りがなく、飲んだ後もほんのりとした香りがあるだけだ。
「この国のお酒よ。このお酒は後味が残らなくてすっきりしていて美味しいのよ」
「水のようにすっきりしたものが冬香は好きなのよね」
「酒が水のようで美味く感じるのか?」
わたし達の説明にクリフが顔をしかめた。どうやら水のような酒が美味しいわけはないと言っているようだ。クリフのいた世界ではこういう酒はないのだろうか。
「クリフはどんな酒を飲んでいたの?」
そう尋ねればクリフは赤ワインの方の瓶を指した。
「貴族たちはワインが多い。街に行けば、エールがよく飲まれていた」
「ワインとエールね。ウィスキーとかはないのかな?」
なるほど、と思いつつ、思い浮かべるのは某ゲームシーン。
冒険者たちの集うギルドに併設された酒場。
武骨な男たちがガハガハ笑いながら、酒を酌み交わす。
いいね、汗臭くって。わたしも飛び込んで一緒に酒を飲み干してみたい。
「それ、間違っているから。冒険者ではなくて、クリフだったら、優雅に夜会とか晩餐会よ」
びしっと訂正されてしまった。
「冒険者とはなんだ?」
どうやらクリフの世界には冒険者はいないらしい。
「魔物を討伐したり、夜盗を一網打尽にする自由職業の人達よ」
「傭兵のことか?」
「傭兵……。夢がない」
がっくりして肩を落とせば、クリフはふんと鼻を鳴らした。
「戦闘職業だろう? 一緒ではないか」
「傭兵にはロマンがないでしょう! ロマンが!」
「ロマンとはなんだ?」
言葉の意味が通じず、ため息を付いた。
「不毛なことはもうやめなさいな。ほら、飲むわよ!」
華絵が日本酒を冷酒用の徳利に注ぐ。これは氷が入れられるように側面が窪んでいるのだ。少し、氷で冷やしてから、用意したガラスのお猪口に注いだ。
クリフは小さなお猪口を手に持って、しげしげと観察している。
「……小さい」
「クリフはつべこべ言わずにまずは飲む!」
クリフはグラスを煽った。変な顔をしている。
「……なんだ? 美味いのか、これは」
「日本酒の良さは難しいかしらねぇ」
こうして宴会は始まった。