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クリフォードの事情


 俺の忠誠を捧げる王子は敵が多かった。王妃の産んだ第一王子だと言うのに、寵姫が産んだ第二王子を擁立する派閥から常に命を狙われていた。何とか立太子まで持ち込めたが、王太子になったことでさらに敵は多くなった。


 王妃は他国の王女であったため、国内の貴族から後押しが少ない。広い目で見れば、王妃の祖国とのつながりはとても重要でその息子である王子を害することはそのまま戦争への引き金ともなりかねない状況だ。そのことがよくわかっていないのか、目先の利益ばかり捕らわれた第二王子派は手を変え品を変え、暗殺者を送りだしてくる。


 毒を混ぜられるなど当り前であるし、公務で外出すれば必ず2、3人は暗殺者が湧いてくる。実力を持つ者ばかりを側に置いているため、暗殺者が送られても今のところ返り討ちにしている。


「ははは、こんな毒、もう効かないのにな」

「効かないからといって食べないでください」


 王子は涼しい顔をして毒入りの食事を平らげる。前は毒入りの皿を下げていたのだが、食材は高級なものを使っており勿体ないからと王子は食べるようになった。もともと王族は毒に体を慣らすことをしているため、確かにこの程度の毒では大した影響もないが蓄積されるものもあるはずだ。


「クリフォードは心配性だな。食事の後、中和剤を飲めば問題ない」

「絶対そんなことありません」


 目の前で中和剤を飲みはじめた王子にイラっと来るが、毒入りでない食事を探す方が大変なので仕方がないと言えば仕方がない。


「毒の蓄積は確かに恐ろしい。だが、私は中継ぎの王子だ。私の方に目が向いていることで弟が無事であるならいいのだよ」

「殿下」


 何でもないことのようにさらりととんでもない台詞を吐いているが、きっと本心なのだろう。王子は自分の立場を理解して公務もそつなくこなしているが、今の立ち位置を望んでいるわけではない。きっと王にだってなりたくはないのだろう。きちんと目を開いてみれば、この国がいかに危うい状態であるかはすぐにわかる。膿を出し、さらに新しい土台を必要とする未来は凡人でなくとも逃げ出したくなる。

 気持ちはわかるが、現実問題、王子以外に王位を継げるような器を持つ人間などいやしない。


 護衛騎士も側近たちも王子を守るために奮闘しながら過ごしていた。


 その日も、決して気を抜いていたわけではない。招待された夜会は断れないもので、護衛の人数も決まっていた。俺は自分の実家の爵位を使い、参加者として王子の側にいることになった。一貴族として参加するのだから、当然剣は持ち込めない。持ち込めないが、自由に会場を歩くことができるのでそれでもいいかと考えたのだ。


「たまには貴族らしく令嬢と踊ったらいい」


 正装した俺に王子はにやりと笑う。人を揶揄うような顔にうんざりしながら、ため息を付いた。


「踊りませんよ。既成事実を作られたらたまったもんじゃない」

「たまにはいいんじゃないのか?」


 そんな軽口を聞きながら、王子と酒を飲む。最低限の義務を果たしたところで、俺たちは帰路についた。


「こんな日もあるんだな」


 同じ馬車に乗り込むと王子がぽつりと呟く。


「拍子抜けしましたが、襲撃がない方が普通です」

「確かにな」


 王子が笑ったのと、馬車が大きく揺れたのが同時だった。嫌な予感がして、馬車に置いておいた剣を手にする。そっと周囲の音を拾おうとするが、何もしない。


「何があった?」

「わかりません。王子、ここから出ないでください」


 残っていても安全かどうかはわからないが、外に出てもそれは同じだ。俺は周囲に気を配りながら、馬車の扉を開いた。


「これは……」

「呪術か!」


 この日の襲撃は呪術によるものだった。どこかに連れ去ろうとしているのか、馬車ごと飲み込もうとしている。俺は目を凝らし、闇の中の呪術者を探した。どうして見つけられたのか、わからない。


 反射的に剣を引き抜くと、外に飛び出した。呪術者も俺が飛び出してくるとは思っていなかったのか、無防備だった。その枯れ木のような細い体に躊躇うことなく剣を埋め込んだ。声もなく呪術者が崩れ落ちる。それと同時に展開された陣に異常が出た。耳を塞ぎたくなるような金属音があたりに響き渡る。


「クリフォード! 早く馬車に戻れ」


 馬車を飲み込もうと広がっていた闇が急速に呪術者を中心に小さくなった。慌てて抜け出そうとするが、足が縫い付けられたようになっていて動かない。驚いて足元を見れば、崩れた呪術者の手が俺の足を掴んでいた。振り払おうとしても身動き取れない。


「クリフォード!」


 遠くに王子の叫ぶ声が聞こえた。闇を切り裂くような心が痛くなるような声だった。大丈夫だとも声を出すことができず意識が闇にのまれた。








 一瞬だったのか。

 はっとして目を開ければ、見知らぬところに立っていた。茫然としてあたりの風景を見る。

 夜であるのにどこか明るい色をした空、所々にある明かり、遠くには家の明かりまで見える。

 聞きなれない低い音が響き渡り、自分がどうなっているのか理解できなかった。


「お兄さん、どうしたの?」


 不思議そうに声をかけられた。反射的に振り返れば、足のラインが丸見えのぴったりした黒いズボンにグレーの上着を羽織った女が立っていた。長い髪は一本に結われ、化粧っ気のない顔をしている。


「俺は」

「日本語わかる? えーと、英語通じる?」

「……」


 言われている意味が分からず黙ると、女は一人で納得して頷いている。


「あー、わかんないか。うんうん。折角日本に来て大変だったわね。行くところがないなら今日はウチくる?」


 普段なら絶対についていかないのだが、処理しきれない現実から逃げるように女の誘いに乗った。





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