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親友が金持ちだと何かと助かる



 優雅な仕草でカップを持ち、お茶の香りを楽しんでいる。ゆったりと座り、足を組んでいる姿はもう神のようだ。

 質のいい黒いズボンに清潔感のある白いシャツ、黒の革靴。上質なものを選んだがシンプルな装いは彼の魅力をぐっと引き出していた。愁いのある瞳は少し伏せられ、あの鮮やかな緑の瞳を見ることはできないが、長いまつげが少しだけ影を作り出していて見ているだけでもため息が出てしまいそうなほど色っぽい。


「そのため息は何のため息?」


 面白そうに指摘してくるのはわたしの向かい側、彼の隣に座る高校時代からの友人である香田華絵だ。

 自分では処理しきれない緊急事態に呼び出したのが今日の朝。

 急遽、会社を休み、彼女に来てもらった。怒涛の勢いで銀座でショッピングをして彼の身なりをコスプレイヤーから一般人に整えた。柔らかくうねる金髪もひとつに結わえたのも彼女だ。


「これからどうしようというため息」

「そうなの? てっきりうっとりしたため息かと思ったわ」


 これが第三者だったらうっとりしたため息でいいと思う。


「冬香、ここのお茶は美味いな」

「そうですか、お口に合ってよかったです」


 片言になりそうなのをぐっとこらえて、営業スマイルを浮かべた。面白そうに華絵がにやにやと笑う。


「それで、ええと……」

「クリフォードだ。クリフと呼んでくれ」

「クリフね。それで、クリフはここの世界の人間ではないという事でいいかしら?」

「そうだ」


 あっさりと彼の言葉を信じる華絵を信じられない思いで見つめる。華絵はわたしの視線に気がついたのか親切にも教えてくれた。


「冬香は勉強一筋、仕事一筋だから知らないのね。こういうのを異世界転移というのよ」

「異世界転移?」

「そう。普通はね、ごくごく一般人が異世界に迷い込んでいくものなんだけれども、クリフはこの日本に迷い込んだのね」


 理解を超える説明に、思わず眉が寄った。


「なりきりコスプレイヤーじゃないの?」

「違うわよ。あんな上等な衣装を着ているコスプレイヤーなんて聞いたことない。それにクリフはかなり具体的に自分の事情を説明できていたでしょう?」


 確かに。

 クリフォードは自分が伯爵家の嫡男で、仕える王族の近衛騎士だと言っていた。人目を引かずにはいられない華やかな顔立ちは王族の後ろに飾っておくのにちょうどいいと思えるが、だからと言って信じられるかといえばかなり微妙。

 世の中は広いし、異世界人と地球人の差が見られないことから頷くことができずにいた。これで頭から触覚が生えているとか、体のどこかに鱗があるとかだったら信じるしかないかもしれないが……。

 目の前にいるのは王子だと言われても不思議はないほどの上品な外国人だ。

 だがこれを否定してしまうと話が全く進まなくなってしまうのと、わたしが現時点で抱えている問題の解決にはならないので、反論はあえてしなかった。


「まあ、異世界からの迷い人であっても、わたしは付き合っていられないから困るんだけど」

「うーん、そうねぇ」


 華絵は考えるように首を傾げた。


「はっきり言えば、華絵に彼の面倒見てほしいの」  


 華絵はかなりの資産家だ。実家暮らしであるが、セキュリティ完備の豪邸に住んでいる。何度か泊まりに行ったことがあるが、高級ホテルのような家なのだ。その上、自由に時間の利く立場でもある。会社員であるわたしには一日中一緒にいることは不可能だ。

 わたしはこの手の話題にはとても理解がなく、これから彼をどうしていったらいいのかわからない。正直に言えば現状を持て余していた。


「そうねぇ。うちなら問題ないかな?」


 受け入れを検討しはじめた華絵に、思わず内心ガッツポーズだ。


「よろしく」

「週末は必ずうちに来てくれるならいいわよ」

「週末?」


 貴重な休みを指定されて口元が引きつった。


「知っているのよ。冬香、プロジェクト一区切りしたんでしょう? 休出だってしばらくはないだろうから付き合ってよ」

「えー……」

「嫌なら断るわよ」


 にこりとほほ笑む華絵を恨めしそうに睨むが、たいして気にしていないのか彼女もお茶を飲む。


「話は終わったのか」

「ええ。いくつか必要な買い物をして、クリフはわたしの家に来てちょうだい」

「冬香は?」


 どうやら少しは不安に思ってくれているようで、クリフがわたしの方へと目を向ける。今は朝の鋭さはない。どこか捨てられてしまうような縋るような目で見つめられて、内心焦った。


「週末には必ずわたしの家に泊まりに来るから心配しなくていいわ。平日は日本のことを色々教えるから忙しいわよ」

「……わかった。よろしく頼む」


 こうしてクリフを華絵に預けることに成功したけれども、どういうわけか捨ててしまったような罪悪感が残った。









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