第55話 小話3の2 雨に唄えば
女王様のお帰りは遅かった。
外が僅かに暗くなりかけた頃。
学生会室の扉が荒々しく開かれた。
買い物袋を3つぶら下げて、全身から滴る雨で床を濡らしながら由香里姉が入ってきた。
「ははははは、ハツネスーパーまで行ってこれたわよ!」
暴風雨の中を歩いてきたせいかハイになっているようだ。
ハツネスーパーとはこの島ただ1軒のスーパー。
この専門学校の昇降口からだとおよそ800メートル、通路がつながっている魔法技術大学の最寄りの出口からでも500メートルくらいはある。
この暴風雨の中行くなんて正気じゃない。
「この台風で売れないのと生物の消費期限が近いのとで色々安くなっていたわ。だからいっぱい買ってきたわよ!今日はバーベキュー!」
やっぱり由香里姉、ハイになっている。
そしてご乱心の御様子だ。
「そんな事言っても一体何処でやるんですか。外でやるのは不可能ですよ。」
「ふふふふふ、色々良いことを思いついたし発見もしたのよ。」
ひょっとしたらハイではなくて廃かもしれない。
「そんな訳でこれから皆、寮に帰って着替え2着とタオルと水着を持ってこの部屋に集合よ!」
この状態になっている由香里姉には何を言っても無駄だ。
それを知っている俺達は、無言で顔を見合わせた後、寮へと出ていった。
ただ1人ジェニーだけが、
「何だろう?何が始まるのすか?期待していいすかね?」
とワクワク感を出していたが。
「全身シャワー!カ・イ・カ・ン!」
「あ、これ楽しいかもです。」
「でしょでしょう!さっき買い物に行った時気づいたの!」
と水着で暴風雨に飛ばされかけつつはしゃいでいる5人を見つつ、俺は歯を食いしばって一歩ずつ歩いている。
理由は簡単、俺だけ荷物を山程運んでいるからだ。
巨大な登山用ザックの中には全員分のタオルや着替え。
そして両手には買い物袋。
目標地点の工房まであと30メートル。
一瞬風が凪いだ隙に一気に扉まで近寄る。
だが両手に荷物を持っているので鍵を開けられない。
誰か……と思っていたら月見野先輩が開けてくれた。
「すみません、助かりました。」
「他の皆様が浮かれているみたいですからね。」
無事安全な室内に入って俺は一息つく。
この工房内でバーベキューをして風呂もやろうというのが女王様の計画だ。
確かに元自動車整備用だったのでそれくらいの広さは充分あるが。
「それにしても、こんな馬鹿馬鹿しい事でもやってみるとそれなりに楽しいものなんですね。そういう意味では私は会長を尊敬してしまいますわ。私には出来ない発想になりますから。」
「でも月見野先輩はそのままでいてください。抑え役がいないとどうなるか想像したくないですから。」
「それもお役目なのですけれど、私も時には羽目を外したい事もあるのですよ。ですので長津田君もご一緒にあの馬鹿騒ぎに参加しませんこと。」
ジェニーの歌う『雨に唄えば』英語版が聞こえてくる。
時々暴風雨のせいで声がかすれたり小さな悲鳴が聞こえたりしてくるがきれいな声だ。 そして確かに楽しそうだ。
「それにこういう言葉もありますわ。踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら……」
「踊りに行きますか。」
月見野先輩が笑う。
先輩に手を取られ、俺も雨の中へ再度踏み出した。
出来ればタイトルは「Singin'in the rain」と読んで下さい。
個人的にはBGMも付けて。
この話が終わった直後くらいが書きたかったシーンその1の1です。
(なお、その1には2バージョンあります)




