第20話 小話1の3 熱帯魚は流氷の夢を見るか
俺は工房へとやってきた。
取り敢えず明日までに色々準備をしなければならない。
まずは網だ。
浮いている魚を掬える程度の網が必要だ。
と言ってもそんなちょうどいい材料など転がっている訳はない。
なのでここにある材料で何とかごまかして作ることになる。
まず俺の目についたのは古いレースのカーテン。
悪いが君にはカーテンとしての人生を終えて貰おう。
そしてステンレスの細い丸棒。
これは網を保持する外枠として採用。
そして内径20ミリのステンレス丸パイプで柄の部分を作る。
後はカーテンのレースをステンレスの番線で形を整え網部分を作成。
本当はミシンがけして作るのが正しいと思うが俺の工房にミシンなどという軟弱なものは無い。
なので網の形を縫うのも番線だし網を枠に止めるのも番線だ。
少々重くなるが材料が無いのでしょうがない。
そうして出来上がったのは大きくて頑丈で重い網。
形は小学生が水辺で遊ぶのに使っている網と同じだが、大きさがまるで違う。
網の直径が約1メートル、網の奥行きも約1メートル、柄が2メートルの大物だ。
重くて俺だと両手でやっと把持して振り回せるかなという感じ。
まあ鈴懸台先輩なら余裕で振り回せるだろうからOKだ。
後はネットで海図をチェック。
この島直近の海流の流れや深さをチェックして狙うべきポイントを絞っておく。
これで準備は終わりだ。
あとは明日、晴れればいいが。
鳥山が出ていればもっと良いんだけどな。
俺達のマイクロバスは港の手前から暴走を開始し、岸壁からそのまま海へダイブ……せずに海上2メートル位の空中を走っていく。
目標地点は港からぐるっと半島部分を回った裏のあたり。
鳥山が立っていればそこを狙ったのだが残念ながら今日は見当たらない。
だからちょっと深くなっていて流れが遅めの当初の予定地点を狙う。
「由香里姉、この辺で停止お願いします。」
半島と小さな岩の島の間でバスを停める。
そして俺はバスのドアを開け、持っていたパン粉の袋を開けて中身を海へばらまいた。
これで少しは魚が集まってくれればいいが。
そこそこ効果があったようで小魚が下に寄ってくる。
でもまだだ。
もう少し待とう。
俺の後ろでは由香里姉がスタンバイしている。
今回の作戦の第1のキーマンは由香里姉だ。
そして小魚が海面へ跳ね始めた。
「今です。由香里姉、できるだけ海中広範囲に低温の層を作ってください。」
「本当は氷をぶち込む方が性に合うんだけどね。」
由香里姉は杖を振りかざして攻撃魔法を唱える。
海面が一瞬凍ったように見えた後、少し海面下が沸き立ったように見える。
さあ、これで魚が浮いてくればいいが。
南国の魚は低温に弱い。
沖縄では冬の寒い早朝に寒さに弱い魚が浮いてくる日があるという。
それを参考にした寒冷攻撃による魚捕り。
少し待つと徐々に海面に何か浮いてきた。
成功のようだ。
「それでは由香里姉運転お願いします。鈴懸台先輩、網の方をよろしくおねがいします。」
「おいよ。ユカリ、ゆっくり下降して。1メートル位。」
車の高度が下がる。
「よし、ゆっくり前進と。で、ストップ。網を一度上げる。」
鈴懸台先輩は網を上げ、中身をプラスチックの大型衣装ケースに入れる。
イワシのような小魚に混じって体長30センチクラスの魚も混じっている。
「それじゃまた少し前進、でちょっとだけ左。はいストップ」
衣装ケースの中の魚が増える。
それほど大物はいないがそこそこ大きい魚も混じっている。
赤っぽい太い美味しそうな魚も混じっていた。




