リカバリーデイズ ~瀕死冒険者の回収屋~
冒険者パーティは全滅した……。
剣士も、魔法使いも、騎士も、狩人も、僧侶も、全員が瀕死の状態だ。
そして目の前には彼等を圧倒的破壊力で打倒したブラックオーガ。
人間であればさぞ男前だっただろうその雄々しき姿は、とてもスライムやオークと同じモンスターとは思えない。つまり、それだけ特別な存在――階層主ということである。
(――私たち、ここで死ぬの?)
辛うじて意識を取り戻した魔法使いの少女は、絶望を通り越して諦めの境地に達していた。しかしだからと言って恐怖を感じないわけではない。
指一本動かせないくせに身体の震えは止まらないし、死に対する拒否感は想像を絶するものだ。そのため頭の中は達観していても、心の方では「死にたくない」という気持ちが零れんばかりに溢れている。
だが現実というのは非情で、都合よく救世主なんてものが現れるわけもなく。
『ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
ブラックオーガは丸太のような太い腕を振り上げて、瀕死のパーティに止めの一撃を放とうとしていた。
(嫌ぁああ! 死にたくない! 死にたくない!! ……誰か助けてぇ!?)
直後、少女は垣間見た走馬灯の中でとある噂を思い出す。
それは冒険者ギルドに所属する人間なら誰もが知っている話でもあった。
曰く、元暗殺ギルドの凄腕冒険者。
曰く、人々の安全を願う正義の味方。
曰く、珍しい商売に目を付けた小悪党。
どれが真実かは分からないが、とにかくダンジョンには稀に『回収屋』が現れるらしい。
そして『回収屋』は瀕死の冒険者を見つけると、悪人のような笑顔を浮かべてこう言うのだ。
「――死にたくないなら助けてやるよ。ただし、報酬は持ってる荷物の半分だ。拒否権はない」
一陣の風が、少女の横を通り過ぎた。
(……え?)
いつの間にか、目の前には黒いコートを着た誰かが立っていた。
それもどんな魔法を用いたのか、ブラックオーガは痺れたように痙攣し、涎を垂らしながら身動き一つ取れないでいる。恐るべき状態異常。
なるほど。これでは暗殺ギルドの人間と疑われるのも無理はない。そうでなくても小悪党か、少なくとも正当な……真っ当な戦いを好まない人種だろうということは、なんとなく雰囲気からも伝わってきた。
「貴方は……誰?」
こちらを振り返った人物は、生憎とフードを深く被っているのでどんな顔かは分からない。少女はそんな相手のことを純粋に知りたいと思った。
「よう。まだ生きてるよな? よかったよかった。死体から荷物を剥ぎ取るなんて、できればやりたくないからな」
なんだか物凄く物騒なことを言っているが、その声から察するに相手は男だろう。それも若い。もしかしたら少女と同じ十六か十七くらいの少年かもしれない。
(できれば美少年がいいなぁ)
徐々に薄れてきた思考の中で、少女はふとそんなことを切に願う。
だが結局は男の顔を見ることもなく、まるで眠り薬を嗅がされたようにぷつりと意識が途絶えてしまった。
そして瀕死パーティの意識が全員分失われたところで、黒コートの男は溜息を吐く。
「……はぁ。こいつら、さては探索そっちのけで真っ直ぐここまで来やがったな? これじゃ商売あがったりだよ。くそったれ」
ある程度ダンジョンの中を探索している冒険者ならよくある話だ。
最初から階層主と戦うつもりであったのなら、荷物の中が回復アイテムや補助道具で埋め尽くされているのは当然である。そして全滅しているということはその殆どを使い切っているというわけで――。
「報酬としてもらえるもんが全然ねぇ。タダ働きとか最悪だろ」
『ガァ……ア……ア……?』
「――あ、そう言えばまだお前が残っていたな。忘れるところだった」
黒コートの男は、不意に思い出したように階層主と向き合った――瞬間。
『――――』
「悪いけどお前の魔石、もらっていくぜ」
目にも止まらぬ速度で首が飛び、ブラックオーガは黒い霧となって消滅した。
地面に残ったのは赤一色に染まった鉱石で、明るい場所では分からない程度の淡い光を放っている。黒コートの男はそれを拾い上げると、唇の端を吊り上げて、まるで悪人のような笑みを浮かべた。
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最前線を歩く冒険者パーティの一つ、『カリバーン』。
ブラックオーガに敗北して全滅したはずの彼等は、目を覚ますと薬師ギルドの医務室に運ばれていた。当然、誰一人として状況が上手く理解できず、しかも同僚からもたらされた話を聞いて更に困惑することになる。
曰く、『カリバーン』が死闘の末に階層主を打ち倒したのだ、と。
後にこの事実の真相に気付けたのは、直に『回収屋』の姿を見た魔法使いの少女だけだった。
生憎と『カリバーン』のメンバー以外、誰も信じてくれなかったけれど。