非現実との遭遇(1-3)
月夜の晩、暗い路地を女が歩いている。
襲ってしまえと頭の中を駆け巡る負の感情に支配される。
上がってくる欲望はとても押さえつけられるものではなかった。
今すぐにでも消化しなければいけないそんな感覚に襲われた。
そして右手を獣のように構え、女に駆け寄った。
「え?」
女はキョトンとし、瑛と目が合った。 が、その目には理性を感じることができない。 まるで、そう。 まるで――狼を見ているような、獣の眼光。
「やめて!ちょ、やめてえぇぇっ!!!」
女に襲い掛かり、押し倒す。 襲い掛かるとは文字道理の意味。
「っつーーーーーー」
女は声にならない声を上げた。 だが、上着を剥ぎ取ったところで瑛の意識は途絶えた。
「やめてくださいと言ったのに、聞かないからです」
理由は簡単だ、女の拳が鳩尾に直撃したからだ。
「こんな人が魔術使いとは思えないのですが…」
女は瑛の上着を奪い取ると軽々と持ち上げた。 その女は女と言うよりも少女だった。
………
……
…
気がついたら別の場所にいた。アレは夢だったのだろうか。
「こ、ここは…?」
どうやら、ここは空き地のようだ。でも確か…僕はこことは別の場所にいたはずだ、そこで女を…。
「痛――何だこの痛みは…」
鳩尾のあたりに鈍い痛みを感じる。
「目が覚めましたか?」
声をかけられるどうやら女らしい。その女のいるであろう方向を見る。
「あれ、それ…僕の」
瑛が指差したのは女が身に着けている服。
それはさっきまで自分が着ていたものに違いなかった。 そして自分の身体を見る。
上半身は何も身に着けていない。 それを見た途端、体が震えた。 季節はまだ夏だが風が少し強いからだろう。
「返してくれよ。 それ、僕のだろ?」
女に文句を言う。だが、
「返せも何も…貴方が、私の服を引き裂いたのでしょうが! まったく。いきなり女性の衣服を引き千切るとは何を考えているのですか!」
「…………僕が、なんだって!?」
今、『服を引き千切る』とか聞こえた気がしたんだけど気のせいだろうと、考えるも脳裏を掠める映像には覚えがあった。
「何度でも言ってあげるわ。 貴方は『私の衣服を引き裂いて』、『襲おうと』したのです、この痴漢!!!」
「………」
その勢いに呆気をとられてしまった。
「ごめん…その、感情的になってしまって、何も覚えていないんだ。でも、ほんと…」
聞き返そうとすると、
「感情的になったら、女を襲うのですか貴方は! それに、何も覚えていない!? 言い逃れなんて見苦しいわ、見ていて本当に虫唾が走る!」
「ところでさ、女性って…君のこと?」
あの…なんだかものすごく怒っていらっしゃる様子。
それも当然だろう。 瑛は根本的に悪気があるわけではない。 ただ、空気の流れに疎いだけなのだ。
「16歳は女じゃないって言うのですか貴方は!!!」
「16歳って2歳も年下か…悪いがガキに興味は…」
顔面をえぐるように殴られた。 そもそも話の論点がずれている。
「だ・れ・が・ガキですか、誰が! 第一、見ず知らずの男がさっきからうだうだうだうだと、名前くらい名乗ったらどうなのですか!?」
ある意味これは、逆ギレの一種ではないだろうか、確かに瑛は名前を名乗っていないというのは事実だが…。
「ゴメンナサイ。 僕は燕条 瑛」
「……以外に素直ね、私の名は『飛燕・アーヴィング』といいます。この国の発音だと『ヒェイエン』でいいですよ。私の呼び名は」
――いちいち注文の多い奴だ。意外とは何だお前が名乗れと言ったのだろうが。
飛燕は気がついていないようだが、瑛には今『誠意』というものが欠片も篭ってはいない。
………
……
…
「それで君は、その…何者なんだ?」
「貴方何も知らないで巻き込まれたのね…監視者は一体何をしているのかしら…」
監視者とは一体なんだろうか…そもそも巻き込まれたとは。
「監視者? なにそれ、趣味の悪いストーカー?」
「はぁ…瑛。 あなた本気で言っているの?」
「ん?」
なんだかすごい勘違いをしたようだ。
「本当に知らないのね――っと、その前に確認。 貴方、『魔術使い』よね?」
魔術使い? それはあれだろうか、魔術を使う人間の事だろうか、まさかな、御伽話やゲームではあるまいし、そんなものが…。
「本当の、本当に知らないのね…それじゃあ教えてあげる」
「待ってくれ、冗談だろ?」
頼む、冗談だと言ってくれ、そうじゃないと僕が今、この事実を受け入れないといけないことになる。
「私は嘘は言わないし、冗談なんて『魔術使い』はそんなくだらない、時間を浪費する事はしないのよ」
「そうか、これは夢なんだよな」
「それで済むのなら、この世界は平和よ。 でもね、残念ながらしばらくは平和じゃないわ」
ヒェイエンは瑛の望みを簡単に打ち壊した。
「何でだよ」
「言ったでしょう、今度こそハッキリと教えてあげるけれど、――貴方は魔術使いなのよ。 …魔術を使っていなかった――使い方を知らなかったのでしょうけどね、貴方は一種の戦いに巻き込まれたのよ」
「戦い?」
「そうよ。 そうね、タイトルをつけるのなら――『天空杯争奪戦』」
この一言で本当なのだと思ってしまった。 現実として受け止めてしまった。
「そんな…」
「貴方、本当にさっき自分に起こったことが夢か幻だと思っているわけ?」
か
さっきのとは…
――その力無駄にするのは惜しみない、俺が貰い受けてやろう
ふと先ほどのことが鮮明に蘇ってくる。
「まさか、あんな事が現実で起こっているわけが…」
「昼間にマスターのうちの1人に忠告されたはずよ。それと――貴方のような人でもやっぱりNO’Sを従えられるみたいね…ちょうどいいわ。貴方、私に協力しない?」
NO’S? それはいったい……なに?
「ん? いまいちわからないんだけど」
「説明不足だたわね、いいわ。 NO’Sって言うのは私たち選ばれた魔術使いにしか扱う事のできない存在よ。 それで、私もその選ばれた者。 そして、貴方もね」
「選ばれた魔術使いって言うのは、なに?」
「はぁ……」
溜息をつかなくてもいいと思う。なんか少しあきれられているみたいだし…。
「NO’Sを従えられる資格を持つ魔術使いの事よ。そうね、はっきりとした証拠は貴方の首筋に見えているそれって、あなた自身には見えないわね」
ヒェイエンは自分の足元に置いてあった大きなボストンバッグの中から手鏡を取り出すと、僕にそれを向けた。 確かに、指摘された場所――正確には右の首筋の辺りにくっきりよくわからない紋様が浮びあがっている。
「鏡で反対になっているから分かりにくいのと、あなたのは少しかすれているけれど、ローマ数字の『11』って書いてあるの、つまり貴方はNO.11に選ばれた存在ということよ」
「それでこれは?」
何かが書いてあるということはわかった。 だが、これそのものが何を意味するのかがわからない。
「これは、『NO.11』つまり、『守護者』の事ね。 それで…私のは、これ」
そういって彼女は右腕の裾を捲った。 そこには僕のと同じくローマ数字で9と書かれていた。
「それは?」
「『NO.9』は、『魔術師』の事よ。NO.1~15まで意味があって…」
「へぇ。 ところで、そんな奴ら呼び出して一体何をするんだ?」
本当のところ、瑛は全く興味はない。 今だって、説明された事を聞いているふりをして、全て右から左に聞き流しているわけだが、こんなくだらない冗談でも、こればかりは聞いておかなければならない。
「戦い? いや、ちょっと違うわね。戦争がぴったりかしら」
「は?」
今なんと言ったか。戦争? まさか、本当にそんな事しでかせるわけがない。
「戦争? お前、まさか、うれしいのか!?」
「当たり前じゃない。私たち魔術使いは、この戦争に参加するために修練してきたと言っても過言じゃないわ」
まさかコイツも…。
「おまえ、自分以外はどうなってもいいとか思っているんじゃないだろうな?」
「貴方、わかっていないわね。 いい? 私たちは世界中に数多く存在する魔術使いたちの中から選ばれた、極限られた15の魔術使いの1人なのよ、そして何よりも!」
ヒェイエンは腰に手をあて、夜空に人差し指をつきたてる。
「天空杯に選ばれた名誉ある魔術使いなの!!!」
「………」
呆気にとられそしてそれと同時に呆れてしまった。彼女、ヒェイエンが言っていることは事実なのかもしれないが、これだけは言っておかなければならない。
「力説どうもありがとう。 君、さっきから思ってたんだけど、いきなりなんなんだい? イカレチャッテイル奴なのかなぁ…? それとな…僕はそんなそんなオカルト話には興味ないし、そんなことは他所でやってくれ! 第一に僕は『魔術使い』じゃない! そんなものとは関係ないんだよ!」
「え――?」
ヒェイエンは目をみはる、それは殺意の篭った眼差しの様でもあった。
「なによ…私の11年間の苦労はなんだったのよ…。こんな、こんな何も知らない奴が簡単に選ばれて、どうして私が! あれほどの恐怖や困難をのり越えてやっとたどり着いたのに…なんなのよ貴方は! いったい、なんなのよ!」
ヒェイエンはその場に崩れた、とんだ演技だ。
「また、僕を騙そうって言うのか…」
「ぐすっ、ぐすっ」
ヒェイエンは涙を堪えているようだ…
「でも…これだけは…変わらない事実。 ――貴方はそう遠くなく死ぬ。 魂魄を抜き取られた人間は、魂をその命が尽きるまで繋ぎとめておく事ができないの。 だから――貴方は死ぬの」
――数時間前の光景、が頭を横切る。 瑛の頭を鷲掴みにし、その体から魂魄を抜き出された。 命の次に大事だと言われる魂魄を取り戻すために、瑛は奴を探して奪い返さなければならない。 このままでは、本当に死んでしまう。 現状に黙って従うほど瑛は愚かではない。 必ず…必ず取り戻すのだと瑛は決意を固める。 現状のままの未来では、瑛は死ぬ。
――余命、残り…四日。
後書き…ですが、ここにはキャラクターについて書いていこうと思います。第一話ということで、主人公、燕条 瑛について。彼の思想は全てにおいて中立的。彼自信の思いと言うものは限りなく無に近い。彼は向けられた言葉には端的に答える。YES又はNOと。答えを先伸ばしにすることがあっても、彼は必ず答えを出す。そんな彼の事が、作者でありながら、私は彼の事が嫌いである。漠然的な理由としては、人間的ではない………様に感じるから。これが一番の理由だろう。