因縁と再会(10−3)
「雫、後をつけていた神谷 流希をまいてもよかったのか?」
「よかったんじゃない? 私、後を付けられるのとかって嫌いだから。あれでよかったのよ、サミュエルそれよりも瑛達はアリーシアへ向かうかしら…どう思う? サミュエル」
サミュエルに問う雫だが、サミュエルは瑛の事は名前以外何も知りはしない。そんな人間に聞いたとしてもまともな答えが返ってくるとは思えない。
「私にわかるはずもない。 が、可能性としては低いのではないのか?」
「それもそうね。 おそらく瑛は教会に向かうでしょうから、私たちはその帰りを訪ねましょう。 それまでは、家の中でぶらぶらしていればいいんじゃない?」
そういうと、雫は自宅の方向へ歩き出した。 それは最初から瑛の出す答えがわかっているかのようにも見える。
「それが君の出した答えか。 つまり、雫は行くのだな? 『アリーシア』へ」
………
……
…
教会へ向かうその途中桐吾は教会へ行くのを一人やめると言い出した。
「俺は教会へは行かない。 その必要はない。『アリーシア』へは向かう。だが、俺は今その時ではない。 まぁ、俺のことはいいから、お前たちは話を聞けばいい。何を供用されるかわからんし、俺は奴が好かない。それではまた後でな、燕条、龍閃」
そう言い残すと桐吾は一人どこかへ向かっていってしまった。
「それでは、行くとしましょう。どうやら彼は何か知っていたみたいです。 教える気はなかったようですが…」
と、リュードの言葉は最も妥当だろう。ここで桐吾を引きとめようとしても唯の時間の無駄だ。
「では行きましょう。教会へ」
流希に案内され、教会へと向かう。 教会は瑛の家からはさほど離れてはいなかったようで、難なく辿り付いた。
「ここは…」
教会の前に到着した。ここに来るのは初めてなのに、あの夜の旧館を思い出す。まだ夕方なのに、この建物からは何か黒いものが流れ出ているように思える。
「お兄ちゃん、私…ここ、怖いよ。何かわからないけど…なんだか!」
怯えながらも必死に何かを瑛に伝えようとする彩。瑛も彩の言いたいことはわかる。こんな場所だ。誰も近寄りはしないだろう。
「彩ここにいても何も始まらない。さ、行こう」
そうして教会の入り口に差し掛かると、瑛の足元に砂埃が上がる。その巻き上げられた砂が風に流されると、その地面には小さな穴ができていた 瑛にはその大きさに見覚えがある。あれだけの激戦を繰り広げた相手を、瑛は忘れるはずはない。
「光…。 いるんだろ!? 出てきたらどうなんだ!」
「覚えてくれていて、僕は嬉しいよ。 燕条」
その銃口を瑛に向ける光。 そして光がその銃を撃つと白哉が瑛の前に回り、その弾丸を一刀両断する。
「へぇ、今回は当たってはくれないんだ、龍閃」
「ああ。 今回はもう何もかもわかっている。お前を倒す理由もある。だが、俺たちはお前一人を相手にしている時間はない」
白哉は閃覇の切っ先を光に向け、そう宣言する。
「わかったよ。 今は退こう…燕条、答えを出すのなら急げ。僕はもう………答えを出した」
そういうと光は教会の闇に消えた。
「一体何が言いたかったんだ?」
「わからん。さ、行くぞ、瑛」
閃覇を鞘に戻し白哉は教会の入り口へ向かう。
「来客と思ったら、いつぞやのマスターではないか! 久しいな死なずに生きていたか!」
深々とイスに腰をかけ、堂々とした口調は相変わらず。ヘルシンは瑛の顔を見るや否や立ち上がる。
「ここへ来た目的はわかっている。『アリーシア』へ行く方法をこの俺に聞きに来たのだろう?」
「そうだ。何か条件があるのか?」
瑛はそうヘルシンに聞き返す。
「そうだな…おお、これはいい事を思いついた。そういえばあの夜の決着がついていなかったな、それをつけよう。俺が勝てばお前は『アリーシア』へ行くことができない。お前が勝てば、『アリーシア』へ連れて行ってやるどうだ?」
この条件、断ればおそらく『アリーシア』へ向かう方法がなくなることだろう。
「わかった。 勝負方法は?」
「聞くまでもない!」
ヘルシンはその手に武器を持ち、瑛へと走り出す。
「瑛!」
「お兄ちゃん!」
瑛とヘルシンの間に白哉が割って入ろうとする。 が、
「どけ! マスター如きが俺の戦いを邪魔するな!」
ヘルシンは魔力弾を白哉に向けて放つ。 が、 「対魔! 一閃!」
ヘルシンの魔力弾を閃覇で叩き斬る。 だが、これでわかったことが一つある。 今のヘルシンは…。
「邪魔をするな! 俺は、見極めなければならない!この男の素質を!」
ヘルシンは瑛にその細剣を突きつけるべくその武器を突き立てる。
「討ち勝って見せろ!」
「そんな単純なッ!!!」
単純な突きだと思い、瑛はヘルシンの攻撃をヒュドリアルボルグで受ける。だが、突かれた瞬間にヒュドリアルボルグでの守りが弾かれる。
「単純? これほどありえない武器も珍しいと俺は思っていたのだが? 喰らえ…我が剣の真の力を!エマージュ真名開放、『開闢と終焉の扉』」
次元を裂くとはこのことか、宗の無限とは比べるまでもなく強大な力を感じる。駆け抜ける真空の刃がその切り裂かれた空間から放たれ、それと同時に吸い込むように引き付ける風が吹き荒れる。
「このままでは…」
エマージュにより切り裂かれた空間から放たれる真空の刃を全身で受ける瑛。だが、いくら切り裂かれたところで瑛の体は揺らぐばかり、倒れる様子はない。
「我がエマージュに死角なし! 残念だったな、この勝負…やる前から結果が見えていた」
さらに追撃するべくヘルシンは瑛に駆け寄る。
「再び貴様の魂魄を抜き取ってやる!」
そういうとヘルシンはあの日の夜の再現か、瑛の胸部をヘルシンの右腕が貫く。
「これではあの夜の再現ではないか! どれ、再びお前の魂魄を………こ、これは!」
突き入れた右腕を引き抜くヘルシン。何が起こったのか、その顔は驚きの色に満ちている。
「そうか、お前には『アリーシア』へ行く理由があるのか………。 だが、そうやすやすと行かせられないな。 決着はついていないのだからな!」
ヘルシンは瑛から離れエマージュを構えなおす。
「ヘルシン遊びじゃないって言うのなら、僕も本気で行く。 覚悟はいいんだな!」
「来るがいい、NO.11のマスター!!!」
今度はヘルシンが瑛を迎え撃つ形となる。
「飛び散れ!ヒュドリアルボルグ、真名開放! 『天翔地裂爪牙』!」
ヘルシンにヒュドリアルボルグを投げつける。 すると、ヒュドリアルボルグは瑛の手から離れたことによって飛散し、無数の針のようになり、ヘルシンを襲う。
「前とは一味違うな! だが、エマージュの前では無力! 真名開放『開闢と終焉の扉』」
再び空間が裂かれる。今度もまた真空の刃が瑛に向けて放たれるが、既に放たれていたヒュドリアルボルグと相殺される。
「我がエマージュが…貴様程度の技と互角だと! 許せん…許せるものか!燕条 瑛、試すだけだったが、ぶち殺す。貴様を!俺はぶち殺す」
エマージュを両手で持ち、瑛に向け突進する。
「死んでたまるか! 僕たちを導いてもらうぞ、ヘルシン! この手に再び舞い戻れ、ヒュドリアルボルグ!!!」
瑛のその手に再びヒュドリアルボルグが握られている。
「死ねぇええええ!!!」
ヘルシンの突撃を再び弾く。今度は押し負けることはなかった。ヘルシンのエマージュは刀身が常に回転することによって、点の攻撃を弾く。だが、今回瑛は線の動きでヘルシンのエマージュを弾いた。
「なッ………にぃ!?」
ヘルシンは訳がわからずといった様子でそんな言葉を漏らす。確かにそうだろう、ヘルシンにとって今の一撃は渾身の突きだったのだ、それを防がれ驚嘆していても不思議ではない。
「ヘルシン、詰めだ」
ヒュドリアルボルグをヘルシンの首筋に宛がう。
「俺の負け………か 戦いとは時としてこのような不測の事態も起こるのだな。これは困った」
なにを困ったと言うのだろうか、勝負に負けたのだ、ヘルシンは単に『アリーシア』への道を教えればそれで…。
「さぁ、教えてもらおうかヘルシン」
「いいだろう。だが、行く方法を教える前に…『アリーシア』へ向かうとお前たちがどうなるか、それを教えてやろう」
口元を歪め、ヘルシンは心底嬉しそうにそう言う。
「そんなに変わらないだろ。『アリーシア』だって普通の世界なんだ」
「お前達誰かに聞かなかったのか?『アリーシア』は次元の中に存在しているだけで世界ではないつまり、通常の世界から切り離されるということは、お前達はこの世界からいなくなるということだ! どうだ! 自らの存在が消えるとして、それでもお前達は『アリーシア』へ向かうというのか?」
「なんだ………と」
瑛を含め白哉、彩が驚き、固まる。そんな事が、と。この世界を救う代償が自分自身だとは誰も思わなかったのだから…。
「ヘルシン! それは本当なのか!」
少しの沈黙の後に口を開いたのは白哉だった。
「ああ、事実だ。もともと俺たちNO'Sも他の世界の住人だった。まぁ、それぞれ過ごした時間は違うがな。それで、この事実を知っても、お前達は『アリーシア』へ行く決意を曲げたりしないか?アリーシアへ向かうのに必要なもの、それは強い信念だ」
ヘルシンの言葉に嘘はない。
「少し、時間が必要なようですね。 一旦戻りましょう決めなければならない。これでは『アリーシア』へ向かうことなどとてもできない」
リュードの言うとおり、ヘルシンの言葉によって、瑛達の心は揺らいでいる。とても、信念などで動けるような状態ではない。
「わかった。言うとおりにしよう、リュード。ヘルシン、僕たちは答えを出してから、再びここに戻ってくる」
「そうか、待っているぞ。 燕条 瑛」
そうして、教会を後にした。一旦燕条邸に戻り態勢を立て直さなければならないだろう。 こんな状態では戦いどころではない。
………
……
…