傷の在処(7−1)
光とそのNO'Sを撃退してから二日、NO.11の話だと、NO.6は討ち取ったらしい。 光は、倒したと言うべきか、逃げられたと言う方が正しいのだろう。
そして、その光と戦う前、瑛を庇って弾丸を肩に浴びた白哉の見舞いに行くことになった。学院はこのことは公にしていないが、生徒から報道機関に流されたこの事件で、学院は休校になった。それは好機であり、そしてこの戦いが本格的に始まると言う合図であるかのように…。
「来たぜ、白哉。 お前、本当に入院してたのかよ信じられなかったぜ、お前が怪我なんて…」
「悪いな、せっかくの休日なのに俺なんかの見舞いに来て…いいのか? お前ら」
「白哉さん…まさか、迷惑でしたか?」
彩が半涙目になる。 もちろんのこと、瑛が仕込んだものである。
「いいや、そんな事はない。 ありがとう、彩ちゃん」
「それで…お前が怪我とは珍しいな、白哉」
「成り行きだ。 俺だってこんな所には居たくはない。 が、だ。 …何分まだ傷が塞がっていない。 故に仕方がない。 だろう? 宗」
「まぁ、そうだな」
この場で、白哉が傷を負ったのは『光の銃から瑛を守ったからだ』とは、流石にいえないだろう。
ただでさえ、生徒の誰かがこの情報を流したおかげで、学院生徒のマスターにとっては都合のいい状況になったのだ。
誰が何をやったのかは白哉はわからないと言ったが、瑛を庇ったという事実を知っている人物によって、噂が広がらないともいえない。
もしも情報が広がった場合、瑛がマスターだとバレてしまう。
だが…だとしても、もともと瑛は何の対策もしていないのだから、バレてしまうのは時間の問題。 どうしようもない事なのだ。
「で、見舞いなのは分かっているんだが…なんだ? 怪我人の顔を見て、突っ立っていてもなんだろ。 座れよ、お前らがよくても、俺が落ち着かない」
龍閃に言われ、イスに座る。宗は壁によりかかった。
「そういえば、東院祭はどうなっているんだ、雫」
「もう、東院祭どころの話じゃないわ。 昨日から休校よ、学院側も大慌て…」
ため息をつく雫。彼女も年に一度の学院祭を楽しみにしていたのだろう。
「そうか…すまないな、俺がちゃんと言わなかったからだよな。 すまない…ほんと…」
意外にも一番はしゃいでいたのがこのベッドに寝ている白哉である。
「東院祭なんて、怪我治してからでいいだろ? そんな怪我されていたほうが、よっぽど迷惑だぜ」
「それもそうだな、早く治さないと…」
皮肉を言う宗。 それを笑いながら本当のことは何も言わない白哉。 彼の性格上、責任を他人のせいにしない。
あくまで悪いのは怪我をしたのは自分自身だと、周りに訴えかける。だが、それは瑛にとっては苦痛以外の何ものでもない。自分のせいで怪我をした人間が目の前で笑っている。そんな苦痛、堪えられるはずがない。
「馬鹿野郎! そう思うんだったらな、さっさと傷を治しやがれ!」
「何をいきなり怒っているのよ、瑛」
「お兄ちゃん…どうしたの?」
雫と彩に言われ、我にかえる。確かに、何に対して瑛は怒っていたのだろうか…。確かに、白哉には腹を立てた。 でも、そこまで頭に血を上らせる必要はない。
「わ、わるい…最近疲れが溜まっててさ、多分原因は解消できたから大丈夫だ」
そう、光は倒した。
それでいいんだ、生き残るために撃退した。
殺す覚悟があるのなら、殺される覚悟があるはずだ。 なら、僕は、正当な理由で勝利を勝ち得たんだ。
「お兄ちゃん?」
彩が瑛の服を引っ張り、瑛を呼ぶ。
「なんだ?」
「お兄ちゃんがそんなに疲れるって、一体何をしているの?」
「ゲームだよ、意外に熱中してさ、難しいからストレス溜まっているのかな…」
ゲームか…ゲームにしては、タチが悪すぎる。 命がけのゲームなんて、僕が望んでいたものは本当にそんなものだったのだろうか…。
「瑛」
「ん? なんだよ、雫」
「それって………嘘でしょ。わかりやすいんだから。」
嘘が酷かったようだ。
「でも、ま、いいわ。瑛がそういうのなら、私はそれでいい。ところでさ、瑛」
話を変えられた。
「飛燕はどうしたの? 最近見ないんだけど何か知らない?」
今、ここで飛燕の事を聞くのか、何があって、どうしていなくなったのかも僕には分からないって言うのに、また腹が立ってくる…。
「いいや、僕はなにも…。 誰も知らないみたいなんだ」
飛燕が姿を消してから何日経っただろうか五日か七日は経っているはずだ。光が最初に仕掛けてきた二日後にいなくなった。飛燕は一体どこに言ったんだろうか、見当もつかない。
「心配? 瑛」
沈黙が長かったせいだろうか、雫が顔を覗き込んでいた。
「別に気にしていない。それとな、雫。顔が近い」
「あら、ごめんなさいね、瑛」
雫は何故だかいきなり不機嫌になった。
「雫? どうした」
「なんでもないわよ、馬鹿瑛。それじゃね、龍閃君」
「ああ、またな雫」
雫が病室から出て行く。 扉が閉まる音が、耳に残った。 心にも響くような音だった。
「瑛…、ちょっと来い」
白哉に手招きされる。一体なんだろうか。
「なんだ? 白哉…って痛い、痛いから!」
龍閃は瑛の両頬を掴み、それぞれを左右に引っ張った。しかも指に込められた力は掴むというレベルではない。 それは、抓るだ。
「この鈍感馬鹿野郎が、少しはアイツの気持ちも考えろよ、瑛。お前は飛燕の方がいいと感じたかもしれない。 でも、だけれどもアイツは昔から…」
「白哉、それ以上ペラペラ話してみろ。俺はお前を殴り飛ばすかもしれないぞ…」
白哉の言葉を切るように宗がにらみを利かせる。
「え? え?」
彩は白哉と宗のやり取りを見ていておろおろしている。
「僕も帰る」
「ちょっと待て、よ。瑛!」
白哉に呼び止められる。
「悪い。 今は選べないんだ…責任を、持てないから」
逃げるように病室から飛び出した。
今は一人になりたかったんだ。 気持ちを落ち着けたかったからかもしれない。
本当は分かっていた。その気持ちは『逃げ』だと言うことも、自分自身が望んでいる物は、一体なんなのだろうかということも。
約束? 絆? 友情…愛情…。
どれも形がない繋がりだ。
僕が望んでいるものは…なんなのだろうか。
また、自分に問いかける。
――答えは、返ってこないけれども、僕は心の中で何度も答えを求めた。
………
……
…
急ぎながら病院を後にしようとロビーまで戻ろうとする途中、前にも感じたことがある強大な魔力を感じた。 それは、瑛にとって不吉以外の何者でもなかった。 そして、それを視界に入れてしまった。
目が合った。 それは焔に触れているように熱く、その熱は肌で感じるものではなく、何故だか精神を焦がす物のだった。
「NO.3…」
「おう、そういうお前はいつぞやの…NO.11のヘタレマスターじゃないか、運がいい奴だ。 まだ生きていたのか」
目を合わせ、呼び止めた(?)のだから逃げるに逃げられない。 そもそも、なんで病院にNO'Sがいるんだよ、コイツは…。
悪態をついても始まらないと、心の声でツッコミをいれる。
「そう構えるな、俺は………どうしてここに来たんだ………」
「なんだよそれ、あんたは健康そのものそうだ、病院に来る用事なんて、見舞いだろ?」
親しい仲でもないのに、そんな言葉が自然と出てしまった。NO.03、彼の空気感に飲まれたのかもしれない。
「見舞いか………そんな相手がいた覚えはないが、何かに導かれたか、お前の面を見に来たのかもな。お前、一回鏡見てこい相当辛そうだぜ、お前も休めよ」
敵のうちの一人であるはずのNO.03の言葉に瑛は自分でも驚くほどに素直な言葉が出た。
「僕は…戦いに関係ない仲間を巻き込んだんだ。辛くもなる」
腕を組みながら、なるほどなと頷く。本当に何故だか親しみにも似た感覚を覚える。
「そういうことか…でも、お前は勝ったんだろ? なら、そんな顔をするな。守れたものもあるんだろ?それではまた、会おう。NO.11のマスター」
そう言ってその場を去って行った。
自分の知らないところでも何かがあった。
あいつが存在しているという事は、勝利か引き分けのどちらかだろう。結局のところ、どちらなのか分からなかった。
「NO.6以外のNO'Sが消えたのかな…」
現状がつかめられない。
次に何をすればいいのかわからない。
この戦いがわからない…。
敵が…わからない…。
………
……
…